31日。例年なら母がおせちの煮しめをつくるのを横で味をみたりして手伝うところなのだが、今年はあまりに家でじっとしている僕を見かねてか、ちょっとサイクリングにでも行って来なさいと放り出された。
空は青く、雲はぽっかりと浮いてゆっくり流れており、空気は冷たいが風はそれほどではない。陽は南をまわって既に赤みを帯びている。コンクリートで護岸された小川にそって走ったり、丘陵地を切り開いた太い車道に沿って歩道をひいこら言いながら登ったり、ゴルフ場脇を自転車で駆け下りたり。(書いてみて風情の無い話だ。新興住宅地近くだから仕方が無かろう。)車の量は多いが歩道の無い道がまだまだあって、そんなところを安全に通れる状況ではないから、そういう道に出くわすと回れ右をして引き返すのだ。家に帰るころには丁度日が沈んだ。
唐突にこんなものを録音してみたりする。一年以上前から練習している割には駄目々々だが、まあこの頃の自分を記録する一助にはなろう。
あと半時間で今年も終わり、何だか良く判らない理由で再開したこの日記もほぼ休みなく、めでたく一年たったことになる。3年坊主にならぬよう続けていければと思う。
来年こそ僕たちにとって平穏な幸せな一年でありますよう…
29日。結局いろいろあって眠れず、5時ころ家をでて東京駅に向かう、みなが争って緑の窓口に駆け込むのに面白がって僕も走る。
始発から間もないのに満席であった。といってもそれほどの混雑ではないから、さっさとデッキに場所を確保して座り込んでうとうとするうちに目的地である。
家に帰ったところで物干し竿屋のトラックが回って拡声器で訴えるに、20年に一度の大安売りだという。下宿の周りを回っているやつはいつも「20年前のお値段です」と叫んでいるので、こんなところにも関西人の物事を針小棒大に言う傾向が現れているか。
昼食の後夕食まで睡眠。食後は(僕の主義主張とは異なるけれども)祖母とエアフォース=ワンなるアメリカの右派国粋映画を見る。とにかく人を殺しすぎなのはよくない。
久しぶりに何も物理に関わらなかった一日であった。
というわけで今メールを確認したばかりで、30分ばかり後に返事を出したいと思います。出来ればお待ちいただけたら幸いです。
28日。いつになく日記を書くのが早い。
先日僕は帰ってきたのだが、部品がほぼ揃っているのに何もしないことに相方が耐えられず夜を徹して作業していたので9時ころ見に行く。アキバにまたちょっと部品を買いに行ったり。
ケースの件はやはり僕の勘違いだ。兎も角、本年は今日で実験はおしまいということにす。
家に日が昇っているうちに帰ってきて、大掃除。明日の朝には帰省するつもりだ。こうなるともう今日一日は終わってしまった観があるので、こうして日記を書いてみたりする。
27日。朝は晴れていた。洗濯をしてから学校へ行こうと思うが、徐々に曇ってくる、ベランダに干しておくのは危険そうだから乾燥器を用いる。出かけるとき丁度雨がぱらつく。
学校についたころには雨は止んだ。加工やさんに電話して詳細を話すと、これではフタがはまりませんけど、との答え。こちらで適切にやっておきますから、というのでよろしくお願いしますと返答したが、今これを書きながら反省してみるとなにも問題がないように思える。もう一度確認を取ったほうがいいかも知れない。
本屋で「エコノフィジックス - 市場に潜む物理法則」という本を買う。経済の棚にはあったが物理の棚にはなかったように思う。序文は勇ましい。
午後6時から素粒子国際センターの忘年会。帰るのが遅くなった。
26日。日中は雲ひとつない青天であった。満ちてきた月が昼のうちから白くうっすらと見えた。
今日で本年中の仕事は解決するかと思いきや、ケースの加工を頼むことになっている会社のひとが本日つくばに出張ということで、明日も大学に行って電話することに。電子部品に関しては今日無線やさんが頼んだものは皆持ってきてくれたので一段落である。マァこれで僕らのおままごとも一応の決着に至る目処がついたというものだ。
25日。今日はカリキマカだ。空は曇っている、帰るころには雨がぱらついていたが、雪になるのだろうか。
大学へ行って昨日の予定をこなす。
ケースの図面を助手に迷惑をかけながら引く。とりあえず断面 7cm × 7cm で書き上げてお伺いを立てに行くと、そんなに端に穴はあけられないよ、ということで大きくすることに。家に帰って 8cm × 8cm で書き直すが、書き終わったところで反省すると基板は入るもののスペーサが周りと衝突することに気付いた。うーむ、もう 1cm 大きくするか…
さて懸案の論文は折角コピーしたのに研究室においてきてしまった。
24日。昼前起きだして、やけに街が静かであるなといぶかしみつつ学校へ向かう。正門が通用口を除いて閉まっているのを見て漸く今日が振り替え休日であると気付く。よって昨日印刷した review の製本も出来なければ、物理図書館で懸案の古い論文をコピーすることも出来なければ、学部生なので学科の建物に入ることも出来ないわけだ。予定がすっかり狂ったが気を取り直して開いている総合図書館へ入り、例の NMR 量子コンピュータの話を印刷す(Nature 414 883)。
昨日の時点では火曜の予定だったアキバでのMOS-FET探しを今日に変更す、池之端門へ向かう途中で30分ほどピアノを弾く。
研究室と懇意の無線屋に数日前聞いた際の、問い合わせてみましたけどそういうのは見あたりませんねえ、にも関わらず、欲しい性能のものはラジオストアーであっけなく見つかった。
ふらふらと自転車を走らせているとアカデミアの前を通ったのが運の尽き、Dover 版の Ravel の楽譜を1冊買ってしまう。そのまま大学へ戻って多少譜読みを試みるも難しい。そうこうしていると薬学部の先輩が来る。ピアノを譲って、生演奏を聞きながら僕は先ほど印刷した論文を眺める。
夕食を摂り家路に。風は冷たいが綺麗に晴れて、なかなかのサイクリング日和であった。雲ひとつ無い空に、東から西への夕焼けのグラデーション。家に着くころには空に雲が広がってくる。
Thence が実際に使われるのをはじめて見て、なるほどそのように使うものかと感心す。
先ほどから何度もあげている論文はそれ自身が画期的なわけではなく、その研究グループの一連の論文の一に過ぎず。なんにせよ平衡分布から全ての qubit = 0 にクリアするのに指数時間かかっているのでこの段階で量子コンピュータといえるかというのは問題であろうが、16状態の重ね合わせを操作できるというのは印象的か。(ただどうせ108分子用いるのならDNA計算のように古典のままでもかなり速度向上をはかれるはずで…)
印刷した review というのは量子重力のものだ。序文で自分野が紐より正しい道程であると熱烈に語っているのが鼻に付く。もっと無感情に書けば良いものを。
23日。今日も平穏な一日。
多少人恋しかったので E 氏その他と夕食を取りに出かける。デザートにコーヒーゼリーを頼むと上にアイスクリームが乗って出てきたのは良いが、アイスにスプーンを通そうとするとゼリーが潰れてしまうので見苦しかった。
宇宙論のレポートを一日中書いていた。
Klein-Nishina の原論文は現今のとフォーマリズムが違うのに、結果が同じであるのはいったいどういうことだろうか。
22日。透き通った青空。
僕が(stochastic quantisation は別として) Nelson 流の量子力学を irrelevant だと思っているのは、多粒子系にEPR相関を再現できるように拡張できるとは信じないからだ。
Phys. World 誌に一頁を割き、大御所のコメントまで付けた Science294 823(2001) (=cond-mat/0110572)の紹介があった、という酷く卑近な理由から当該論文を読むが、4+1 次元の話で dynamical な話は全く無くただ symmetry のみ、騒ぐ必要性は感じられず。気になって Science 誌がどのような論文を載せているか確かめてみるが、このような純理論が載るのは滅多に無い話だ。
日経のとあるコラム(12/21付夕刊)によると、sophisticated は1920年代以前は混ぜ物をした、という悪い意味であった。
またこれも日経(12/21朝刊)から、NMR式量子コンピュータで 7 qubits の因数分解できたらしく近々 Nature に載るらし。以前の談話会の講師氏によると NMR 他 ensemble 式では不可能だという説もあるとのことだった、自分で検討してはいないが…
昨日借りた本によると、決意という単語は、昭和初期の特定の文人の造語である。
21日。
昼前のろのろと起き出して外をみると 灰色の雲が空一面を覆っていた。 玄関を出るとパサパサと音がする、 みぞれが振り出していたようだ。 一時ごろ昼食を済ませて三階でピアノを弾く、 ふと横を向いて窓のそとを眺めると 白い雪が舞っていた。 もう一年たったのか、と思いをはせる。
とはいえすぐに雨に変わってしまったが。とあるやんごとない理由で、総合図書館で「文学部をめぐる病い」てふ本を借りる。
4日に表皮効果云々と書いたが実はそのときは検算しておらず、今日はじめてケースの厚さの見積もりのため値を求めたところ、50Hz で〜1cm という法外な厚さであると判明す。
談話会は Prof. G. Baym の"異なる"光子は干渉するか、という話(Handbury-Brown and Twiss; Goldhaber, Goldhaber, Lee and Pais)。講義後 W 曰く、では Dirac の例の記述は間違っているのかどうなのか。
夕食は珍しい面子、某君の人間観察の妙に感嘆す。
実験室に戻ってダンボールをひっくり返したり、昨日届いたカタログを眺めたり、Phys. Rev. Online がお前は購読しとらんと何故か今日は文句を言って談話会で挙げられた論文が読めないので手元の素粒子センターの端末に Cygwin/XFree86 を入れて物理学科の端末に入ってそこから netscape を立ち上げてダウンロードして読んだり(これに時間が最も喰われた)、結局今日はケースの図は描かずに終わる。
帰るころには雨はあがっている。帰宅してドアを開けて、なぜか「この道はいつか来た道」と口ずさむ自分を見出す。
20日。朝は駒場へ、本年の講義もこれでおしまいということで大いに延長す。延長した時間はレポート課題を先生述べるが、この理論とこの理論が関係ある気がするので一緒に考えましょう、少なくとも修論にはなるでしょう、というのでは手が出ない。
のろのろ戻って実験室へ。新年はとりあえず動いている電源を測定器に実際につないでみる予定であったのだが、歩いているとふと、やはり発振している部分を周りから遮蔽すべきではないかと思い立ち、急にアルミのケースの図面をひいて発注することに。二人で夜遅くまでかかって回路のサイズがどの程度になるかを割り出す。続きはまた明日。
何を思ったか Klein-仁科 の原論文(Z. Physik 52 853(1929))をコピーす。引用している Peskin-Schroeder 序文に曰く、大抵確立した内容だから特に原論文を引用せんが、引用するときはその溢るる創意が為になろうからじゃと。
家に帰るときはもう三日月は沈んだようだった。雲が半分くらい空を覆っていた。雲の大きさは冬の夜空の明るい星の間隔くらいか。
19日。額から頭のてっぺんにかけて禿げあがっている自分を鏡で見ている夢を見たが、それほど見苦しくもなかった。ただ、遺伝がどう出るかわからないから綺麗に禿げるとも限らないが。
朝自転車で大学に向かっているとトラックが交差点を勢い良く曲がってこちらへ来た。急いで横に逃げて事なきを得るが民家の壁が邪魔で多少冷や冷やする。見通しの良い角なのに何を考えて運転しているのだろうか、と憤ることしきり。
昼から実験、部屋のダンボールをひっくり返すととりあえず必要な分のケーブルは出てきた。昨日同軸ケーブルのカタログを頼んだが、必要なくなりそうだ。あと、浜ホトに電話して説明書に書いていないピンの詳細を訪ねてみるも要領を得ず。
あいかわらずゼノン効果の論文を漁る、案外沢山論文があるのだが、皆主張が異なってコンセンサスがない。どうしてくれよう。
18日。すこし雲が出ている。銀杏は一、二本を除けばもうすっかり葉を落として枝ばかりだ。
家のプリンタの黒インキが切れていたのをようやっと購入す。プリンタの専用紙を眺めていたら、うちの学科の先生が現れて写真印刷用の一枚4円はする用紙を買って行った。大量にデジカメで撮ったのがあるのだろうか。
実験は相変わらずいろいろ測定、そのほか同軸ケーブルまわりの注文など。
Newton 祭のときにY先生に量子ゼノン効果と陽子崩壊に関するほら話をしたのもあって、もう一度文献を漁ってみる。ゼノン効果の方はてっきり原子物理とか量子光学関連で出たものだと思っていたら、実は素粒子のひとが先に言ったのだそうで、名付け親自身がまさに陽子崩壊に関して論文を一本書いているのだった。
加えて、Polchinski のエヴェレット電話の論文をコピーす(PRL66 397(1991))。非線形量子力学では多世界解釈で言うところのパラレルワールドと情報の交換が出来るという話。
17日。昼前に昨日干した洗濯物を取り入れてから学校へ行く。
昼はゼミ。5章の問題まで終わって本年はこれで終了ということにする。まだやってなかった5.5は朝のうちに済ませてゼミに望もうとするが間に合わず、概要を説明して残りは家で自分で計算。まあ、tree level は今年中に終わって、来年から loop の扱い方、ということ。
夕方から新宿某所に行って金曜に書いたビデオをみるが、画質がすこぶる悪くて心眼を持たないと見えない。
16日。良い天気なので洗濯。乾燥機に叩き込むか悩むがベランダに干す。
溜まっていた読むべき論文をかなり処理した。主張を読んだだけで式の導出はまるできちんと追っていないけれど…
量子ポンプとカイラル量子異常の関連は当然ではあるが既に知られていた(PRL85 1294(2000) = cond-mat/0001460)。
15日。昨日の講演者はNECにも籍があるのだそうで、発表のスライドにナノテクノロジーの応用例としてあがっていたノートPC は当然NECの La Vie だったのだけれど、そのスライドを表示させていたノートPC は SONY の vaio であった、という話。
昼ごろ起きて、昼食及び散髪、すこぶる混んでいて終わったころには日が暮れている。
祖母からクリスマスプレゼントが届く。
断熱量子ポンプという現象があるそうで、量子細線にゆっくりと摂動を加えてもとに戻すとその間に電子が右から左へ移動するのだとか、さてどうすれば理解できるやら…(smells anomalous.)
14日、晴れ。朝は宇宙論の講義、昼は総合図書館まで人を案内したついでにヴェブレンの「The Leisure of Theory Class」を借りてくる。その後ゼミ、5章の5の真ん中あたりまで。
ゼミで引用されていた Bethe-Salpeter を U に教えてもらってすこし勉強。普通の運動量 p である波動関数ではなくて、 共変摂動論からだと、運動量 p エネルギー E である確率振幅のようなものが得られるので、この二つの結びつきが良く判らない。もう一つ、二乗可積分性がどこから来るのかが判らない。
4時半からナノチューブの談話会、金原子 500 個のクラスターが結晶形を次々に変えてゆくビデオを見せる暇が無いとのことなので、講義後見せていただけないかとお願いすると、なんとテープを貸してくだすったのだが、家にはビデオデッキはないのでどうしようもない。週明けに大学で見よう。
その後 Newton 祭、おひらきになってから N と定食屋に行ってしみじみと語る。
最近自分の視野がこれまでの主張に反して充分に狭窄していることが判明してどうしていいやら困っている。例えば量子コンピュータ氏と話していると彼は頻繁に養老さんなどの書いた「普通の」本の内容を引用して、君はこういうのは読まないか、と問う。その問に「そんな本は読みません」と元気良く否定する自分を発見して、これが「知らないことを知らないと自慢げに言う嫌な奴」の範疇に入らないと詭弁を弄するのは非常に難しい。
13日。起きると空が曇って路面が濡れている。朝はやくに雨が降ったのだろう、とりあえず傘を抱えて自転車でとある駅まで行き、駒場へ、講義を終えて出てくると冷たい雨が降っている。諦めて本郷まで直接行く。帰りしには(そういえばこの「〜し」で「〜する途中」と意味させる用法は関東弁には無いらしい、昨日夕食の席で話題に出た)すっかり雨はあがって、透き通った黒い空にシリウスが輝いている、とは言え歩く気力も無く、電車を用いる。さて東京は有難いことに駅がそこら中にある、こうして降りた駅は朝のった駅とは別なのだ、よってまた僕は星空の下をしばらく歩いて自転車を回収しなければならなかった。
実験は昨日得た実験式が他のCWにも適用できるかを確かめる。単に昨日用いたものの段数を減らしたものでは適切にパラメタを選べば見事にフィットできる、だが容量を少なくしたものでやってみると綺麗には合わない、こちらの場合はスイッチングの周波数にも出力が強く依存するのだ。大体この周波数依存性をはっきり認識したのは今日になってなのだからお話にならない。
hep-ph/0112170 にとある実験値が理論値と合わないのは Fermi の黄金律を無批判に適用したからだ、というものがあった、今実験をやっている研究室のボスに論文のタイトルを言うと、そりゃああのあたりは難しいだろうな、なぜならこうこう、と書いてある内容にほぼ相当する見解。専門家の洞察力に深く感銘を受けた次第だ。
12日。今晩はさほど寒くない。
今朝の素粒子論は majorana 粒子の話、U によると Feynman は一時期2成分形式にはまって、QEDもそれで教えたかったが、それでは既存の文献を読めなくなるから泣く泣く諦めたそうだ。(see "Theory of Fundamental Processes", chap 31.)
その近くに「ホモロジーとファインマン図形」という巫山戯た本があったのでこんなもの誰が借りるのだろう、と見てみると今や教官をしているひとが少なくとも二人も4年/M1のときに借りているとわかる。
実験はS助手のヒントに従うと見事に2パラメタでフィットする関数にたどり着いた。
この夏の物性学校で講義を聞いた先生の論文がcond-mat/0112197にあがっていたので眺める。 SUSY index の香りがすると思ったら案の定引用していた。さてそれを読んでいて、夏の学校のポスターセッションで強誘電体の分極が Berry 位相と解釈できるという話を聞いたのにすっかり忘れていたことに気付く、今あげた論文の参考文献に並んでいたから急にコピーして帰ってくる。
さて家に着くと久しぶりに航空の某から電話である。
11日。朝はピアノを弾く。
昼は実験。いろいろ定数を変えてCWの応答を測定してグラフにするが、如何せん相変わらず定量的理解が出来ない。
有質量粒子の場合も宇宙膨張に伴い運動量がスケール因子の逆数で赤方偏移するという事実は、RW計量の対称性から来るネター荷に他ならないと昨未明に判明する。
余りに寒いので一畳電熱じゅうたんを押入れから取り出した。
10日。昼休みから3限にかけて、W と「Gravitation and Cosmology」その他を探して図書館めぐりをする。天文学科、情報科学科、化学科と回った。
ゼミ。4章をようやく終えて、5.2 まで。今年中に 5章が終わるのではないか、といったペース。
夕食を取って今日はさっさと6時半ころ家に帰る。溜まっている読書をすべく。冬至が近いので、遅く帰ろうが早く帰ろうが同様に暗く寒い。如何ともし難い。
9日。青天なり。
昨日の疲れで12時間近く寝た。掃除洗濯など。週末に読もうと思っていた論文たちが片付かなかったが、仕方あるまい。
先月の12日に、水溜りからの蒸気が光を散乱して壁にゆらゆらした模様を描いている、と書いたが、おとといのゼミの時にも同じ模様を見た、その日は見事に晴れていたのだから、原因はむしろアスファルトが温まっていることに求めるべきだろうか。
8日。今日は先週事故で死んだ学科の級友の告別式へと冬の日本海まで出掛けた。
7日。朝は宇宙論の講義。先週の疑問は先生が調べたところ真面目に触っている教科書は無いとのこと、Weinberg はそもそも触れるのを避けているとか、該当箇所のコピーを頂く。
昼は10ページほどコピーしたあとゼミ。相変わらず4章の問題。線形σ模型でNGボソンに対する有効作用の方法の予言を具体的に確かめてみましょうという話。
その後談話会、去年も一度あった話題だがトカマクプラズマ内の輸送障壁の理論的計算的実験的理解の話。ご本人は紙と鉛筆だそうだ。遅い変数を分離する新しい方法がある、とお話の中でおっしゃったので質疑応答のとき何を見れば良いかと聞くとアーノルドでも見よとのこと、論文の別刷りを頂いた。
今日arXivをみて読めそうだと思ったがまだ読んでいない論文をメモしておく:cond-mat/0112092, cond-mat/0112106.
今日の帰りは頗る寒かった。
6日。朝は雨。渋谷の駅を通過したときにハチ公を上から見下ろすと色とりどりの傘が季節外れの花をひらいたようだった、と月並みに表現する。11時にはあがったが、夕方まで曇っていたように思う。帰るころには星が雲の隙間からまたたいているのが見えた。路面はぬれて、落葉が貼りついている。
今朝の講義は先週の予告とはかわって index を使って計算する方法の続き。先生あのあと家で考えてみるに、12月いっぱいはこれに費やしそうだ、とか。
昼から実験。いろいろ追データをとってグラフにしてみる。質的には判るが量的にはまるで仮説とあわないので困った。途中で e-print archive をチェック。LHC で black hole が出来るかもしれないという話は最近話題だが、今日はこれのお蔭で標準模型(+超対称性)の粒子の生成率も格段にあがるかもしれぬ、という主張のものを発見したので印刷して先生と議論す。
友人にある本を読んだ話をすると、その本は本郷で伝染っていると聞いた、というので僕は少しカチンときてしまった。別に僕は紹介されたから読んだ訳じゃない。と咄嗟に答えたものの、すこし反省してみれば、自分で思いついたもののオリジナリティを声高に主張するのさえ奥ゆかしさに欠けるというのに、他人の書いた本を読むに至った経緯のオリジナリティを主張したかったとは全く笑止千万だ。と自己嫌悪に陥る。
5日。曇る。最近とうとう行き帰りに手袋をしている。
帰り道で「真っ赤なおっはっなーのー、トナカイさーんーはー」と口ずさんでいて思った。このような身体的特徴を周りが笑うという事実を無言のうちに認めている歌詞は、子供の歌としては相応しくないのではないか、と。
今日の実験は、ヒステリシスの掛け方を変えてタイミングチャートをとってみたくらいか。どうも最終的な雑音は既に 0.1% 程度であるらしく、とりあえずこれでよいのではないかという気がする(開き直ってはいかん…)。さらに素子を注文など。
並進対称性が自発的に破れることが理論的にわかる簡単なモデルを物性の方、どなたかご存じないだろうか。どうも素粒子屋は自分の扱っているモデルが結晶化しないことを確かめない傾向があるように思えるので、なんとかしたいのだが。
4日。朝は久しぶりの雨。昼にはあがる。
今日も実験だが、とりたてて何も進展は無い。アルミホイルでくるんで商用50Hz は遮蔽してみる。うまく行った。S助手それを見て曰く、skin depth 計算した?アルミホイルでは駄目なように思えない?でも実際は経験的にはうまく行くんだよねえ。とのこと。あとはコンパレータにヒステリシスを付けてみた。Annoying な1MHz の雑音はこれで殆ど落ちるのだが、結局クロック一発で溜まりすぎるのが問題だ。
帰るころには東の空からかけてきた月が黒い空に昇ってきているのが見えた。
3日。大学のケヤキはすっかり葉を落とした。空が見える。
朝はレポート提出、昼は2時間ほど木曜にとったデータの追加測定、あとは図書館で本を眺めていた。
EPRを利用してテレパシーを送ることを考えた。方法はこうだ。まず、自由意志とは、心が観測されて特定の状態になったのを我々が自由に思考したと錯覚しているのだと仮定しよう。さて、テレパシーを伝えたい相手と充分に意思疎通して二人の心を entangle させる。するとどうだ、私がある決定を「した」ときのその決定と、spacelike な位置にある相手の決定とが、不思議に相関するではないか。(とここまで書いたが、これでは Bertlemann の靴下だと気がついた。量子相関を何も使っていない。)
ふらふら Phys. Rev. Lett. を眺めて目に留まった論文。(PRL87 0211802, hep-th/0103315). 自発的に破れた可換ゲージ理論では赤外発散が相殺しないらしい。
2日。だらだら時間を一箇所にかき集め演奏会に行くにあてんと眠る前に決心す。明日提出する簡単なレポートを夜中に処理、朝のまともな時間に起床、洗濯など、軽く昼を摂って錦糸町へ。
演奏会は15時から17時まで。メインはコダーイのハンガリー民謡「くじゃく」による16の変奏曲とフィナーレ。そのほかには行進曲風のやら純クラシック風のやらがあったけれど、うまく出来てもそもそも聞くのが難しいような曲はなかなか良くは演奏できないようであった。むしろ皆が元気を出して吹く行進曲のほうが聞いていて心地よい。
と多少ケチを付けてみるが、おしまいのコダーイは感動した。ただ、聴後のシミジミとした情感がアンコールのただただ明るい曲で吹き飛ばされてしまったのはなんとも言い難い。
すぐ帰るつもりだったところが、奨学金のところの理事長に連れられてそれ関連で呼ばれた連中は夕食のご相伴にあずかることになる。両国の旧駅舎を再利用した Beer Station なる所。皆チケットを2枚組みで貰っていたのだが、きちんと2枚使った者もいれば僕のように1枚しか使わなかった者も。女の二人連れで来たのの初対面のほうの子は、法学部でもう就職するとか、なかなか美人だった。こういうことを書くと拙いかなあ。
で、地ビールを3種飲みくらべて最後に桜の塩漬けで香りをつけたアイスクリームを頂いた。これは旨い。兎も角、どうもご馳走様でした。
家に帰ってきたがぽぉっとアルコールが回って論文を眺めても上滑りする。