Mar 31 01:30

28, 29, 30日。学会に出席していました。日本でどのあたりの大学の素粒子理論の人がどんなことをやっているのかという概観が得られたような気がしました。

毎日の夕食をどこに行ったかだけ記録しておくと、28日は新D3の先輩とU君とで地鶏飲み屋さんに。29日は僕、FK、U君の下っ端三人が東工大の先輩方やら理研の先輩方やらに連れられて沖縄料理を天神に。かなりおごっていただきました。将来僕も後輩におごれということだと思います。30日は昼は楽市市場とかいうモールに数人で行って地鶏屋さん?で定食をたべる。夕食は天神のあたりで適当にラーメン屋に入った。

東京にもどる飛行機はかなり強い雨雲に遭遇したらしく、直線で飛ばずかなり迂回した模様。着陸時の機首カメラの映像がすごかった。飛行機は速いので、雨が横殴りに機首にむかってくる、それを見ているものだからまるで滝の真下から上を見上げているかのように雨粒が降ってくる訳である。雨の濃淡がライトに照らされてえも言えぬ雰囲気。揺れた。


Mar 27 23:04

26日&27日。朝8時に普通に目覚め、ドトールコーヒーに行って食事。ミラノサンドというのがドトールコーヒーにありますが、どのあたりがミラノなのかがよくわかった。浅草線経由で羽田へ、羽田で時間が一時間ばかりあまったので自動ピアノを眺めながらのんびりケーキセットを食べていたら乗り遅れそうになって慌てる。

飛行機には案外学会行きのひとが皆さん乗っている。福岡空港で早速ラーメンを食べてホテルへ向かう。空港が中心部に近くて便利ですね。夜はNと焼き肉を食べに親不孝通りまで出向いた。

27日は朝の9時から発表、そのため7時15分に起床…のはずが二度寝してしまって目覚めると8時15分! 非常に慌てて博多駅に向かい、24分の地下鉄で九大へ向かう。箱崎九大前からもキャンパスまで走る。途中でボスに、おはようございますとだけ言って追い抜いていった。5分前に到着。なんとか間に合った。発表自体はまぁ上手くいったと思う。持ち時間10分+質疑5分を気にするあまり短すぎた感あり。他の皆さんの発表を聞いているともっとゆったりしていた。

そのあとは皆で夕食にいってトンカツを食べた。


Mar 26 23:37

ええと、飛行機に12時間乗ったので日付が混乱しています。

まず24日、トリエステからミラノへ飛行機で移動。なんとプロペラ機であったが、小さめの飛行機だと離陸の際の空へ駆け上がるという感じがとても良い。ミラノでは、すぐの成田行きに乗り込むFKと別れて、理研の某さんとマルペンサエクスプレスに乗ってミラノ市街地を軽く観光する。といっても乗り継ぎの時間は8時間だから、空港での手続き、特急での移動などを除くと実質3時間強しかない。

まずは大聖堂を見る。なんと3月一杯は補修工事中で正面の雄大な姿は見えない。これは残念であるが、屋上にのぼることはできて、眺めのすばらしいこと。遠くアルプスと思われる雪山が見えた。屋上で初老の日本人観光客の一団に写真を撮ってくれと頼まれる。その一行のお父様、我々をみて「修学旅行?」というのだけれども、ポスドクの皆さんは憤慨?していらっしゃった。僕はつい「会議みたいなものに出ていまして…」と言ったらその一行の皆さんに感心されてしまったけれど、すくなくとも僕は席に座って講義を聞いていただけだから、ちょっと格好つけて偉い振りをしたわけで恥ずかしいですね。

またヴィットーリオエマヌエーレII世のガッレリアを歩く。中央部の床のモザイクが見事だと観光案内にあるのだけれども、こちらも特設イベント用の布で覆われていて見られない。異常な観光地で日本人だらけである。ガレリアでエスプレッソを飲む。

最後にブランドショップ通りを散策して、そのまま道を進んでお城を横断してカルドナ駅へ。ミラノ空港へもどってJALの便で帰ってきた。飛行機の中では、映画「半落ち」と「Monsters, Inc.」を見た。夕食の日本酒が入っていたせいだと思うが、「半落ち」を見てすこし泣いてしまった。Monsters, Inc.のほうは、3D CG アニメ映画をみたのは実は始めてだったので、その動きの出来に感心した次第。その他はツンドラを眺めていたか寝ていたように思う。京成スカイライナーで日暮里まで某さんとご一緒する。非常にどうでも良いが、JALのフライトアテンダントさんは食事を出すときは制服の上着の青いのを脱いでエプロンをつけていた。アリタリア航空とえらい違いだ。

僕はそのまま上野へ出て大学へ。学会行きの航空券を受け取って、夕食をとって家にかえる。家に着くと8時、10時ごろには泥のように眠る。さて26日の話を日記に書くのはまた明日。


Mar 23 22:32, Italy

23日。今日の午前で講義はおしまい。一週間毎日一日中授業を受けているというのは随分久しぶりの経験だったのでなんだか新鮮だった。Kachruさんの講義で、勇気を出して数度質問してみたもののあまり納得できず。ううむ…

夕食はKOのSさんとFKと一緒に海辺のこじんまりしたピッツェリアに入る。海産物がうまい!鯛の美味しかったこと。さて、明日はミラノ経由で日本に帰ります。

Nekrasov&Okounkovの"Equivariant Vertex"は既に結果だけはLisbonの会議でアナウンスされた模様で、講義録がネクラソフ先生のページにあがっているのを発見。解読中。


Mar 22 22:04, Italy

22日。今日は普通に講義に出て、ゲストハウスで食事をして。特になにもありません。

朝のうち雨で、夕方になってあがったのだが、そのせいで塵が落ちたのかアドリア海の空が透き通っていた。海面は風ですこし荒れていて、海の向こうのイタリア本土に雪を頂いた山が見えた。

こちらの黒板には黒板消しなどというものは無くて雑巾で拭くのですが、各国での状況はどうなのでしょうか。


Mar 22 00:41, Italy

21日は日曜日で講義はおやすみ。またまた J. に連れられて今日は Slovenia まで観光に行くことに。FKを誘ってみたら眠いというのでゲストハウスに置き去りにしてゆく。Stefan○の車で J. と僕と Helsinki 大のKさんと四人である。昼過ぎに出発して、すぐに国境を超える。アジア人、イタリア人、アメリカ人の組み合わせに国境の警備員は変な顔をしているが、難なく通過。スタンプも押さない模様。地中海沿岸から内陸に入ると急に寒くなって、雪がところどころ残っている。天候もそれほど良くなく雨がぱらついている。一応ユーロからスロベニアの通貨へ多少両替をする。

まずはPostojnska Jamaという大鍾乳洞へ行こうとするも、入り口で、入るのは2時間おきで、いま14時スタートの組が入ったところだというので追い返される。そのためまずは近くの Predjama Castle へ。こちらは川が石灰岩の岸壁に吸い込まれるところに立てられた中世のお城。中にはそのころの暮らしの再現がいろいろと置いてある。奥は小規模な鍾乳洞につながっている。

その後もういちど Postojnska へ戻って16時開始組に混ざって見学す。この鍾乳洞は全長20kmで世界第3位だとか、入り口からトロッコに乗って数分、中に入ってガイドについて30分ばかり歩いて、さらにトロッコで数分で出口へ戻ってくるという塩梅。このトロッコが案外のスピードで天井の低いところを通るものだから恐ろしい。特に僕なぞヨーロッパ人に比べて座高が高いものだからヒヤヒヤする。内部のガイドは英語、イタリア語、ドイツ語、スロベニア語と各グループに分かれて行動するのだが、僕らのときは英語グループがもっとも多かった。入り口には日本語のパンフレットもあってかなり観光地化されている模様。

その後イタリアとの国境の街 Nova Gorica に向かう。さてこの鉄のカーテン沿いの分断都市であるが、今やイタリア側からふらりと遊びにくるひとたちのための歓楽街と化している模様であった。カジノだらけである…というわけで J. に連れられて我々も賭け事をしてみることに。イタリアでもカジノは御法度で、S. も物珍しそうにしている。僕は15ユーロから始めて結局45ユーロになった。 S. は20ユーロが80ぐらいになっていた模様。両者とも所謂beginner's luck というかディーラーが手加減しているのかであろう、これで調子に乗るとハマるのだろうな。皆でカジノ内のバイキング形式の夕食にはいって鱈腹食う。

イタリアはまず一皿めとしてパスタを、二皿目として肉その他を食べ、甘いもので締めるというのが慣例らしく、今日は J. が先に甘いものを食べて肉をたべようとしていたところを S. と揉めていた。

さて Gorizia 側へ国境を超える。スロベニア側の警備員は談笑していてこちらを見すらしないが、イタリア側の警備員は不審そうな顔をして車のトランクを改める。あとは高速を飛ばしてトリエステへもどってきた次第。陸で国境を超えるというのは不思議な感じだ。スロベニアも EU に入ってしまうとますます手続きも簡略になってゆくのだろうな…


Mar 21 23:30, Italy

19日。普通に講義があって、普通に夜になって寝る…と思いきや、J. さんからお誘いがあって、イタリア国内からの参加者の海岸での騒ぎに参加してきた。軽く飲んでギターを持っている人が歌って、という感じ。

20日は土曜日で半ドンなので、昼すぎからトリエステ市内にF.K.と軽く観光。イラク戦争開戦一周年のデモに遭遇する。S. ジュストの丘からのトリエステ市街の眺めは素晴らしい。屋根が赤い。夕方に J. その他の人と合流してレストランに入って聞いたところによると、 J. やら マリニョ先生などはデモに合流して練り歩いていたとか。その後 sissa のどなたかだかが主催のダンスパーティなどにつれられてゆく。なかなか楽しい。しかし、大勢であまり騒ぐのは得意ではないので、英語でやんわり断る方法を学んだほうがよいかな…ただ、初日に J. が話しかけてくれたお蔭で、あまり日本人だけで固まらずにいろいろ交流できてそれは文句無く良い。

このあたりは便器が和式なのですが、どうなっているんでしょう。


Mar 19 07:47, Italy

18日。徐々にイタリア時間で夜型になりつつあるような気がする。毎日ふつうに春の学校があるだけなので、特に書くことがないなぁ…まじめに勉強しています。ゲストハウスのカフェテリアよりも本館のカフェテリアのほうが美味いな…

昨日は道路で水道管から水漏れがあった模様で、ゲストハウスで水が出なかった。すぐに復帰するものの、濁った水がしばらく出る。

爪切りが欲しい。持ってこなかったのは非常に失敗だった。

可積分系の勉強をせねばなるまいな…TFTにおいて頻繁に可積分系が出てくるのはなぜなのだろうか?それを知りたい。案外こちらにきてまじめに勉強しているかな。やっと中島=吉岡によるNekrasov予想の証明が理解できそうだ。修論に書き足そうか。


Mar 17 21:56, Italy

17日。講師のマリニョさんは昨日は「イラクの戦争を止めよ」T-シャツを来ていて、今日はチェ=ゲバラの赤い T-シャツを着ていた。ゲストハウスに並べてある地元のワインに、ラベルがチェ=ゲバラのもあって非常に謎だ。大栗先生によると、Cecotti さんは最近は フリウリ州の知事をやったりウーディネの市長をやったり政治に転向しているらしい。

今日の Nekrasov-Ooguri-Vafa もなかなか興味深いけれども… Donaldson-Thomas と topological vertex との関係がよりよくわかるだろうか。今日は Caltech のOさんといろいろ話す。有意義だった。ゲストハウスのテラスからアドリア海を挟んでイタリアの本土に太陽が沈むのを見た。非常にのどかな所だ。観光を止めて春の学校になったとたんに雨があがって晴れてきた。すこぶる過ごしやすい気候。


Mar 16 20:34, Italy

16日。今日は普通に春の学校でした。

昼はシェフのほうに並んでパスタを作ってもらった。うまい!今日は案外人がシェフのほうに来たのでご機嫌だったようだ。夕食もカフェテリアにて、今日はレセプションだったので食べ放題だった。

本日の eprint は Shifman-Yung と Hanany-Tong がネタがかぶっていたので驚く。内容はすこぶる面白そうである。こちらの研究所のプリンタを使う方法もわかったので印刷してみた。相変わらず J. が構って話しかけてくれるので、英語の練習になって有り難い。いろいろ物理の議論など。


Mar 15 22:43, Italy

15日。今日からは春の学校なので特に何もないはず…毎日のおしまいにDiscussion sessionがあるのだけれども、質問がいろいろ出て先生方の返答もなかなか面白かった。無事にFKと合流。彼は時差ぼけが解消せずに眠そうな顔をしていた。彼も飛行機で Matrix Revolution を見た由。Madridの死者のために三分の黙祷。

昼は研究所のカフェテリアで食べたのだが、普通に並んで受け取るところと、"Chef"に頼んでパスタやら何やら作ってもらえるところがある。さて春の学校に来ている人たちは新参者ばかりだからか皆さん列に並んで Chef は暇そうにしている…というより、何故俺のところには誰も来んのだ!と怒り心頭に欲しているご様子でしかめ面であった。カフェテリアにの入り口の黒板に、「列に並ぶな!シェフを使え!」と書いてあった意味がようやくわかった。

J. Ev○lin に話しかけてもらったので色々がんばって話していると、いま J. の居る Pisa 大の皆さんに夕食に連れて行ってもらえることになった。Triesteの街中の Piazza Oberdan に7時半に集合ね。とイタリア人は国内旅行だから簡単そうに言う。研究所から公共バスで出かける。帰りは車で来ている J. に送ってもらった。海岸通りから眺める ライトアップされたミラマレ城はなかなか美しい。

さて行ったレストランの話だが、どこに行くか決めてるの?と聞くと、去年来たときに来た店があるはずなんだけど、よくわからないんだよね。と夜の街をそぞろ歩く。店が閉じていてもガラスのショーウィンドウにシャッターをおろしていないところから見ると、安全な街の模様である。第一の皿にGnochetti di なんとか、と、第二の皿に"Keiserfleish" di なんだかんだ、を食べる。さすが旧オーストリア領だ、ドイツ料理が混ざっている。王様肉って何ですかと聞いたら、僕らも去年はじめて聞いたんだよね、とのこと。J. が第二の皿を二枚頼んでいると店の人が目を白黒させている。イタリアでは第一の皿をひとつ、第二の皿をひとつ頼むのが当然で、第二の皿を二枚など考えもしないらしい。

さて、食後にじゃぁ4人で割り勘にしようか、レシートいるよね?と聞くので、要らないけれど?と答えると非常に驚かれる。なんでもイタリアでは夕食のレシートを大学に出せば国がお金を出すらしい。これは素晴らしい。このあたりはファシストが多いんだよ、あの看板を見ろ、という話も出た。二世代ごとに所属する国が変わっているのにファシストなのは奇妙だ、とイタリア人であるところの皆さんも不思議がっていた。


Mar 14 20:17, Italy

日曜日。朝からトリエステの ICTP に移動。鉄道の駅で券売機が動いていたのでそこで買う。タッチパネルの非常に良く出来た券売機なのだが、日によって時間によっては販売停止になっているので窓口にならばないといけなかったりもする。何が基準で販売停止になっているのかはよく判らぬ。珍しく物乞いの人に呼び止められてしまったが、丁度カラビニエリ(憲兵とでも訳すのでしょうか)の人がきて追い払ってくれた。

さて各駅停車で研究所最寄りの Miramare まで。各駅停車といっても駅間が長いので案外スピードが出る。昔は駅だったが今は放棄されているようなプラットホームも何ヶ所か通過する。Gorizia を過ぎて Monfalcone のあたりから一面のカルスト地形。車窓からは石切り場や石灰石採取場なども散見される。うちの父の話によるとカルスト地形の標識地はスロベニアのカルスト地域だそうで、ここらはカルソというのだが、おそらく同じ言葉のイタリア語/スロベニア語形だと思われる。車窓から写真を取ろうと思ったがどうもうまくいかなかった。

Gorizia駅にはスロベニア語と思われる単語も併記してあった。Gorizia はヨーロッパ最後の分断都市である…BBCのニュース参照。フェンスが取り払われたのは今年に入ってからだそうだ。兎に角、北はシュテッチン南はトリエステまで鉄のカーテンが〜のトリエステに居るのだ。

どうでもいい話だが、列車の進行方向右側の扉から乗ったものの、どの駅にとまっても左側の扉がひらく気配が無い。ボタンでも押して開けるのかなぁ、と思いきや、地元の皆さんも困っている模様で、よくみるとPorta Non Utilisable とかなんとか張り紙がしてあって、どうも壊れているようであった。小さな駅に止まる時間は短いので、早めに他の車両にうつって事なきを得た。

さてゲストハウスについたのでミラマレ公園を散策す。ミラマレ城にはイタリア国旗のみが翻って居た…城と公園を築いたのはオーストリア王族だというのに。WCに入るとおばちゃんが番をしていてチップが必要だった。これまで入った公衆トイレは小銭をいれると自動だったから、人がいるのははじめて。人が番をしているためか、日本の公衆トイレに比べてどこも遥かに綺麗だ。トリエステ市街の雑踏に出ずに済んで正解だったかもしれない。海岸線沿いまで山が迫っていて、これまた風光明媚なところだ。

さて、気分を転換して明日からはspring schoolです。これからのほうが英語に困ると思われる。部屋にはethernetのポートがあって困らないものの、携帯からのネットの接続は上手くいかない模様。まぁ旅行中ずっとどちらかは使えているわけだから上手く行ったと考えるべきだろう。

さて、明日からは研究所のカフェテリアで普通に食事だから、今日はもう気合いをいれて良さそうなレストランに入ってきた。白亜の床に絨毯がしいてあって、本物の暖炉(!)がある。なんとかドレスコードは無かった模様だが…海の幸のニョッキと白ワインを頼んでみた。うまい!食後には勿論エスプレッソ。これまでの数日イタリア人の皆様のやり方を見ていた感じでは、エスプレッソは量は少ないけれども、案外大量に砂糖を入れて甘くして飲むようだ。日本に戻ってももはや普通のコーヒーでは満足できないであろう…

どうでもいいが、店に入ったときははやめに行ったものだからあまり人がいなくて、アングロサクソン人のカップルが一組居たのみであった。僕が寂しそうにしていたのか、女性のほうが「食事ご一緒します?」と言ってきた。ありがたいことだがお断りしておいたが…男性のほうは気をまずくしたのではないかと思わなくはない。


Mar 13 22:49, Italy

今日は Udine を起点に Cividale del Friuli という街に行ってきた。ランゴバルド王国の首都だったところだとか、八世紀の古い聖堂が残っている。峡谷に悪魔橋という橋がかかっていて、眺めがよろしい。山が終わって川が平地に出るところに町がつくられたようだ。電化されていない単線がウーディネから出ていて片道20分ほどである。頻度は一時間に一本ぐらい。駅で切符を買おうとすると、チヴィダレ行きはタバコ屋で買えとのこと。ウーディネチヴィダレ鉄道という、微妙に別の会社が経営している模様。

ちょうど行ってみると午前中は広場に市が立っていて大騒ぎであった。昼前になると人が溢れてカフェは地元の人で満員。と思っていると13時ごろには市もたたんで店にもシャッターが下りて誰もいなくなる。これが所謂イタリア人のお昼寝という奴であろうか。することがないので15時の列車まで河原で寝転んでいた。小鳥がさえずって、教会の鐘が鳴って…とこれでは昨日のウーディネ旧市街の記述と変わりませんね。帰りの列車前に駅前のバールでカプチーノを飲んでいると、テレビで Britney Spears のプロモビデオが流れていた。なぜこんなところでこんなものを眺めているのかは非常に謎だ。

ランゴバルドの小聖堂では英語の音声ガイドが使えて助かった。10人はいるとぎゅうぎゅうになってしまう小さな小さな聖堂。記帳のリストをみていると、イタリア各地から見学に来ている由。実際僕の前に入っていたのもイタリア人一家だった。3歳ぐらいの子供は面白くなかったのか泣き出してしまって母親が外に連れてだしてあやしていた。父親だけ音声ガイドを聞きながら中を眺めていたが、それでいいのでしょうか…その家族は入り口のお姉さんにどこで昼食をとればいいかお薦めを聞いていた模様、だが僕にはまるでわからないのであった。

やっと国鉄の時刻表を手に入れた。明日はトリエステに移動だが、研究所近くのミラマレ駅に止まる電車をなんとか見つけて乗ってみる予定。非常にローカルな駅で殆ど止まる列車が無い由。まぁ、トリエステまで行ってバスで戻ればよいのだが、バスの乗り方がわからないのだ。

マドリードで爆破テロがあった由。起きた日にテレビのニュースで見ておびえていたのだが、なにぶんイタリア語でいまいちなにがあったのかわからない。ここのホテルはCNNが入るので有り難い。日本からの連絡で誰もそれについて言わないのはどうなっているのだろう…イタリアとスペインは場所が違うけれど、ヨーロッパで珍しい Coalition の国ですよ!そこここの役所の国旗とEU旗も皆半旗になっている。そう言えば、役所関連にはイタリア国旗とEU旗がかならず掲げてある。EU旗無しで国旗が掲げてあるのは見ないのが面白いところだ。ヴェネツィアでは更に必ず聖マルコの獅子の旗が掲げてあって、三つ組みであったがこちらでは州の旗は掲げていないようだ。また、普通の家にPACE(おそらく、平和の意?)と書いた旗が掲げてあることも多い。これは三色旗に文字だが、イタリアの三色とは異なる。

また、町を歩いていると第一次大戦や第二次大戦でその町から出た連隊の戦死者を悼む碑にすぐ行きあたる。そこには常緑樹で編んだ大きな wreath が掛けてあって、リボンにその町の名前が記してある。雨に打たれる場所においてあるのにこのリボンの綺麗さから考えると、案外の頻度で wreath は新調しているように思われる。

ホテルの部屋にはカンジンスキーが掛けてある(勿論コピーですが)。オーナーの趣味だろうか。置いてあったシャンプーの香料は(思い起こすのに非常に時間がかかったが)これはクチナシの香りだ。

さて、今日の夕食はおいしかった!適当にフリウリ料理と書いてある店(Via Aquileiaの入り口付近のお店です)に入ってみたら、地元の紳士がたが集まってワインを飲んで盛り上がっていた。まるで英語が通じない。片言のイタリア語で店の親父さんにメニューは無いかと聞くがそんな物は無い。おい、英語が喋れる奴はいないかと親父が叫ぶが誰もいない模様。パスタでも食うか?短いのか長いのか。ソースはこんなのがあるぞ、と言うので適当に頼むと見たことのないパスタのボロネーゼが適量出てきた。あとはそっちの人が食べている肉をくれないかとなんとか伝えて、それも出してもらった。非常に美味しい!つい癖で白ワインをたのんでいたら、その隣の人がどうもボロネーゼなのに白ワインとは何事だ。この赤を飲め!(ベヴィベヴィ)と言っている模様で、彼のワイン入れから接いでもらったり。ガイドブックを読むと睡眠薬で云々とあるのが頭をよぎったが、彼もそのボトルから飲んでいるのは見ていたし、こんなにいい人たちだし、特になにかあるわけもない。とにかく今日は満足ゆく夕食だった。

さてホテルに戻ったら家から携帯に電話があった。頭の中は日本語だが、口から出すのは久しぶりなので少々戸惑う。日本は早朝のようで、親の愛に頭がさがります。

イエズスとは誰か?とCNNでやっているのでぼけっと眺めている私であった。


Mar 12 21:17, Italy

12日。ヴェネツィアからウーディネへ移動す。ヴェネツィアの駅からウーディネ経由トリエステ行きの中距離列車に乗る。晴れた空の下、車窓からの眺めは楽しい。冬枯れだが芽が膨らんできて梢が色づいている。遠く雪を頂いた山脈が見える。高い建物といえば教会の塔だけだ。広がっている畑のなかに木立があったりもするが、見事に格子状に整列しているので、人工的に植えたもののようだ。

ホテルのカウンターは 首振り iMac だった。電車の中で Aluminum Powerbook で仕事をしている人も見た。

ウーディネの旧市街はすばらしい。ヴェネツィアより綺麗だと思った。暖かい光に小鳥がさえずっている。城山の上のカフェでカプチーノを飲んで休憩したり。ふらふらと散歩しながら、本屋に入ったりCD屋に入ったり。別のカフェに入ってココアを飲んだりもした。

さて、夕食をとろうとガイドブックにのっていた店に入ってみる。ヴェネツィアと違って徹底的に英語が通じないのであるが、まぁなんとかならなくはない。学生さんばかり入っている店で入りやすかった。Alla matriciana というのはベーコンとトマトのソースだということがわかった。普通の味だが大量に出てきてお腹はふくれた。

しかしここ数日うまいイタリア料理を食べたいと思いながらまるで果たさない。これなら根津のスピガのパスタのほうが何倍おいしいだろうか。反省してみるに原因は明らかで、何事もお値段相応の味しかしないのである。とはいえちゃんとしたお店は敷居もお値段も高いのだなぁ。

ヴェネツィアと違い、ウーディネには肌の黄色い猿は僕ひとりしかいないようだ。それを棚に上げて観察するに、肌が真っ黒の人は駅周辺にはかなり居る模様である。旧市街までいくとひとりも見かけないし、白人と黒人が話しているのは一度も見なかった。以上から何を読み取るべきか…


Mar 11 22:27, Italy

すこし前の記憶を追記。MilanoからVeneziaまでの飛行機からの夜景は絶品だった。日本の夜景をみながら飛んだことがないので、違いがわからないのが残念だ。

ヴェネツィア本島は確かにどの建物も古いのだが、どうにも朽ちてみすぼらしく古いように感じる。観光客さえいなければ放棄されて崩れかけた街のように見えるのではないだろうか。日本の古寺の古色とはまた違ったものに思う。慣れればこちらの古色も味わえるのだろうか。ただ、入った建物はみな内装は綺麗だった。建物は至る所で修復中である。

また、ヴェネツィア本島内は自動車が入れないため、ゴミ収集やら荷物の配送やらはひたすら人力である。小運河を渡る為の橋は、下にゴンドラを通すため上り下りの階段になっているので、見ていて荷物運び配送は非常に消耗のようだった。そして配送人、収集人にはイタリア人で無い人が多い。それをアジアの端から日本人が行って見ているわけだ。一方でゴンドラ漕ぎは皆地元のイタリア人のようだ。

観光都市だけあって、各国語が飛び交っている。とはいえ大概は白人だ。まわりが白人ばかりだから、その姿に慣れてしまって、ときどきふと自分の姿が店のショーウィンドウに映っているのが目にしてぎょっとする。周りの白人はいつもこの姿を見ているわけだな。

どうでもいいが、マルコポーロが大旅行したときは旅先でのお金はどうしたのだろう。物と交換するための貴重な品を山と背負っていたのだろうか?

さて11日の記録。あいにくの雨。一応駅まで行って明日の電車の時間を確認する。何も考えず駅に行っても大丈夫な程度には列車があるのでノートに取らなかった。船舶史博物館に行ってから、適当に水上バスに乗ったり歩いたりしていると、ある教会の前にコンサートの案内が立ててあって、今夜もあるということなので、雨で寒いこともあって夕食前まで部屋に戻って出直すことにした。宿に戻ってみれば宿のフロントでもそのコンサートの切符を売っていることを発見。

コンサートはヴィヴァルディの「四季」、J. S. バッハのチェロ組曲など。Interpreti Venezianiという団体だけれど、有名なのでしょうか?日本ツアーも2、3度行っている由。100人収容すると満員ぐらいの、15世紀ごろの絵で飾られた愛らしい教会でクラシックが聞けるなんて滅多に出来ない贅沢ではないかな。指の動きや奏者の表情まで苦もなく見える距離。20euro也。

で、夕食の話を書いておくと、Lonely Planetのガイドブックにある店を探すも路地だらけのベネツィアでそれは不可能のようだ。ちゃんとした服を着ずに、一人で入ってもよさそうな所にいい加減に入って、「外に書いてあった Menu Turisticoとかいうのをくれ」と頼んで食べていると正直それほど美味しくない。とそうこうしているとアングロサクソンふうの青年が店に入ってきて隣に座って、メニューをみているので、これは頼まないほうがいいと思うけれども…と思っているとあちらさんもメニューから選ぶのが面倒になったのか、「それ何です?おいしい?」と聞いてきた。心が通じた模様である。一応「ちゃんと選んでパスタかピザでも頼んでおいたほうがマシだと思いますよ」と何とか伝えた。


Mar 10 18:32, Italy

10日。昨日は現地の夜の10時すぎにベネツィアのホテルに着いたので、探すのが手間だった。予約はしてあったものの、ネットで調べた地図が微妙に間違っていて…同じ通りなのではあるが反対側の端であった。まぁ兎も角無事にたどり着いたので良し。

で、すこし寝て観光。とりあえずあてどもなく歩いたり水上バスに乗ってみたりする。歩き疲れたらカフェに入ってみたりもする。非常にいい加減に歩いていると、観光地ではなく一般市民の住んでそうな地域に迷い込んでしまったりもする。地図を持たずにうろうろしていたから、脱出するのが一苦労だった。

あとは普通に博物館に入ってみたり。ベネツィア執政の記念館に入ってみると、なぜかヒエロニムス=ボッシュの本物が飾ってある部屋があってこれは儲け物だった。またヨーロッパ中世の武器が沢山置いてあった。恐い話だが、日本の博物館みたいに剣はガラスの中には置いていないものだから、もちあげて振り上げられなくはない。まぁ誰もしていないけれども…というわけでどなたか見に行かれる場合は気をつけてください。あとはミトラ神が牡牛を屠っている像の本物をみた。これも儲け物であった。非常にのんびり見学していたら閉館時間になったのが残念。

しかし案外お金が飛んでいくなぁ。物価が高い。


Mar 9 19:34, Italy

Malpensa空港でヴェネツィア行きに乗り換えのために あまりに暇なので、日記でも書こうと思う。

朝から京成スカイライナーで成田まで行き、直行便にのってミラノまで。12時間也。日本人観光客ばかりで飛行機の中は日本と変わらぬ。Matrix Revolutions を見た。前評判のとおり、第一作よりは驚きは小さいけれども、泣ける話だった。

で、マルペンサ空港についてみると皆さんイタリア語な訳だが、別段まだショックは受けない。理由を考えてみるに、まず第一に先進国の空港なものだから成田と変わらない。第二に、英語はこちらよりあちらのほうが上手だから、英語の通じなさは、素研にときどきいらっしゃる日本語を話さない人との経験でわかっているのと同程度だから、それをショックに思わないということにあると思われる。

大体こちらのイタリア人のみなさま、ちょっとコーヒーを買いにいくときなど平然と手荷物をテーブルに置いて行ってしまうのですけれども、まぁ空港のなかだからだろうか。

というわけでそろそろベネチア行きの飛行機に乗ります。


Mar 8 22:18

土日はいろいろと準備するのに費やされた。池袋に旧携帯の解約をしにいったので、ついでにdisk unionによってきた。Liszt の巡礼の年 第二年を買って帰る。

兄夫婦宅に少々雑用でお邪魔した。ケーキとコーヒーをいただいて、旅行のお小遣いまでもらってしまって有り難い次第です。なんだかお邪魔したタイミングが旅行直前でお小遣いをせびりにいったかのようだったかと後で反省。

今日は、大学に行って学会の発表の練習を聞いていただいたり。レーザープリンタでもうOHPシートに印刷してしまった。ユーロを買いにいつも使っている三井住友にいってみたがドルしかおいていない由、東京三菱なら大抵の支店に自動販売機があるということがわかった。

航空の某君が就職するとて本をくれるというので、これまたありがたく受け取ってきた。Feynmanの計算機科学を貰ったのが大きい。専門ではないところの講義で、先駆的な仕事をするのだから、Feynmanはやはり偉大だ。そのままふたりで根津の和幸に夕食に行った。


Mar 6 01:44

5日です。携帯を変えた。海外用のコンセントアダプタの小さいのを買う。5年ぐらい前に買ったものもあるのだけれども…今日買ったものは二つのユニットが合体変形して世界どこでも使えると言う面白グッズである。もっていく電気器具はパソコンだけなので、変圧器は要らない筈。

あとは、旅行社に振込、ユーロに両替、スーツケース詰めをすれば準備は完成。

危険な話なのでアルファベット無しで書きます。プレポテンシャルのインスタントン計算をやったグループはネクラソフ一派とホロウッド一派(それぞれこの人で代表していいかというと問題あるかもしれませんが)のふたグループあるのだけれども。さて、論文の導入部にはその分野の歴史が軽く振返るものだが、この二派のみた歴史がかなり違うのだから恐ろしい話だ。それぞれ自派がほとんどを開拓したように書いてある。勿論他派の論文も引用しないわけではないですが。

大学で注文していた Atiyah の全集の一部が届いた。とりあえず指数定理の巻とゲージ理論の巻。う~む、知らない論文ばかりだ…


Mar 5 11:12

4日は12時頃に大学に行く。皆様春休みなのか、人が少ない。

ここ数日は eprint archive に面白い論文が目白押しなのだが、1日に読める量というのには限界があって一瞬でそれを超えてしまってどうしようもないのであった。

3日の寝不足がとれないので、夕食後すぐに家に帰って、日付が変わる前に寝た。


Mar 4 02:12

2日はあれからのろのろと大学へ行った。

3日、雛祭り。珍しく朝から大学へ行って、物性のW研でなぜか可積分系と超対称ゲージ理論をやっているM1君がいてインフォーマルセミナーをやっているというので聞きに行ってみる。

その後は、珍しく物性のM2連中とつるんで本郷三丁目の駅近くのインドカレー屋に行く。美味。天候が良くぽかぽかしているので、本郷キャンパス内の庭園やら三四郎池やらを散策。水辺が蛙の卵だらけであった。

さて、朝が早かったもので大学でうとうとしてしまう。良くない。しかし議論に巻き込まれたりして帰る時間はあまりかわらなかった。本郷三丁目から電車で帰った友人が、駅で降りて改札を出てきたところに自転車で追いつくという珍事。こちらは途中でうどん屋によっていたのであった。