Nov 30 22:00, Tokyo

今日は本郷へ。

昨日の続きをすこし考える他は、おとなしく来週の金曜日の話の準備をする。四分の一ぐらい済ませた。

午後三時からは、amplitude 勉強会のつづき、僕は後ろで話を聞いているだけ。

日が暮れて校門を出ようとすると足下は銀杏の落葉で一杯だ。


Nov 29 21:30, Tokyo

富士。

今日も柏へ。晩秋の晴天。

今朝は主に * と % 君と昨日した話について考える。

昼は一本推薦状を書く。お茶の時間の鐘が鳴ったが、あと少しだったので書き終わってから広場に行くと、おやつは全て食べ尽くされていた。

さて、* と % 君と話をしていると、また帰りのバスを逃した。

次のバスに乗るべく大学構内を歩いていると、自転車の ? 先生にすれ違う。「Look!」と西を指さすので何だろうと思ったら、夕焼けに黒々と富士が見えた。

無事バスには乗ったが、いつも乗っている電車にはぎりぎり。これまで、郊外だからそれほど無いバスが何故か五分あけて二本くる所を使っていたのだが、それが「是正」されて間隔が延びたのだ。僕には不便になった。


Nov 28 21:52, Tokyo

柏の葉の駅の夕暮れ。

今日は晴れ、青天に雲が流れる。

学校ではまずいろいろメールに返事、昼食あたりからは # と議論、お茶の時間は * と % 君と議論、その後はすこし ? と議論。

これで一日は終わってしまって、家路に。どうも今週から柏の葉のバスの時間がすこし変わったようで、一本逃してしまい、帰りも歩いて駅まで戻る。

小腹が減ったので、ららぽーとで鯛焼きを買って、ほおばって食べる。


Nov 27 21:27, Tokyo

今日は午前中はうちの母が遊びに来たので、娘と遊んでもらう、など。

昼食後、母が帰ったあとは、家族で昼寝、夕方には小雨。徐々に雨は強くなる。

娘が落書きをしている横で「へのへのもへじ」を書いたら、指をさして「ぱぱ」と言った。

また、娘は出掛ける際に玄関の鍵を回すのが好きなのだけれど、今日帰ってきたときにキーホルダーごと渡してみると、間違った鍵をはめて回そうとしはじめた。半分ぐらいは刺さるのだけれど、回らなくて困っているので、正しい鍵はこれで、こうやれば回る、とやってみせると、そんなはずはない、と言いたげに大泣きする。仕方がないのでまた渡すと、あいかわらず元の間違った鍵をはめて回そうとして困っている。結局十五分ぐらいやっていたのではなかろうか。

一旦思い込んでしまうと、目前にそれを否定する出来事があっても、なかなか考えは変えられない、というのは、一歳児でも起こることだと知った。


Nov 26 20:56, Tokyo

銀杏と子供。

午前中はよい天気だったので、一家で本郷キャンパスまで秋の葉を愛でに行った。あちらは同じことを考える人で一杯だ。柏の葉よりは随分色付くのが遅い。

三四郎池を通りかかると、七十くらいのご夫婦が「手をつながないと危ないよ」と手を取りあって緩い石段をくだっていった。素敵な光景だ。

赤門近くの学内のカフェでお昼にして、のんびり帰宅。


Nov 25 21:42, Tokyo

落葉。残雪と青天。

雪の後の青天、朝は歩いていて気持ちが良い。柏の葉はまだ地面に雪が残っている。都心との温度差は数度あるのだろう。

午前は机が散らかっていたので整理。午後は + と議論、この共同研究はすっかり彼に任せきりだが、まあ、順調にやってくれているので、僕が手出しするのも良く無かろう、と思って、そうしている。

金曜日なので、和菓子を買って、帰宅。

祖父母は娘に字を教えようとしているようだが、娘はこないだ風呂上がりにバスタオルの端に刺繍してある模様を指さして何だか適当に音を発声していた。確かにそう言われてみれば文字に見えなくもないかもしれない。

さて、午前中に机に積んであった本を図書館に返した際、久々に新着図書をみると、* 先生が退職近いからか寄付なさった本が並んでいる。一冊は、'92年に出た志賀先生との対談をまとめた本、面白そうなので借りてきた。当時日本評論社はこのように志賀先生が数学者と対談をしたのをまとめた本を数冊出したようだが、僕らなら読むだろうけれど、よくそんなものを売ろうと思ったものだ。


Nov 24 21:31, Tokyo

柏は雪景色です

昨日は休日、しかし時差ぼけで一日中寝ていた。娘が昼寝から起きた辺りにようやく僕も起きたらしい。夕方は買い物に一緒に行ったが、娘をお風呂に入れたあとは眠くなってそのまま寝てしまった。僕がやることにしていた家事も全部奥さんにやってもらった。

今朝は起きたときはまだ雨だったのだが、すぐに雪に変わる。11月に東京で雪が降ったのは 54 年ぶりだそうである。

柏まで行ってみるとこちらは都心よりすこしく寒いらしく、案外積もっている。

しっかり服を着てきて暖かかったので、カフェラテを買って歩きはじめたら、路面がシャーベット状なところから靴に水がしみて弱った。学校についてから乾かす。

随分降って、ようやく二時過ぎにあがった。

あちらではメールの返事やら、? と # と議論をするやら。午後は * が文献紹介。

出張前、出張中は講演の準備をするやら人の話をきくやらばかりで、自分の研究をしばらくしていなかったので、集中しようと思ってもなかなかうまくいかない。リハビリをしないといけない。


Nov 22 21:07, Tokyo

都心も随分紅葉してきました。

飛行機は随分揺れたが、眠くてほぼ寝ていたので、怖がっている暇も無い。最近話題の「君の名は」を通路を挟んで斜め前の人が字幕付きで見ていたので、大体あらすじを知った。

早朝に着陸して、手荷物が出てくるのを待っていると、ゆらゆらしてくる。どうも空の旅で疲れたかなと思っていたら、天井から吊るしてある案内板等がみなぐらぐら揺れているのに気付く。案外大きな地震だったようだ。

幸い電車は動いていて、うちに帰ると、ちょうど娘が起きた所。今回は歓迎して出迎えてくれた。しかししばらくして、僕は眠気に耐えられず、昼まで寝る。その後は本郷に行って、少々用事。

もどってきて、久し振りに娘を風呂にいれたら、楽しく入ってくれた。僕が入れて泣かなかったのははじめての事だと思う。


Nov 20 18:54, Pasadena

カルテクの休日。

今日は一日パサデナで休憩。

朝はまずは荷物を持ってバスで大学まで。昼には、# 先生のおうちでパーティをなさるということで研究会の参加者が呼ばれていたので、僕も顔を出す。

おうちの敷地は不思議に細長いのだけれど、なんでも昔、ロサンゼルスに軽便鉄道があったころの線路と駅のあったところなんだそうだ。ある日、家の前に人だかりが出来てわいわいやっているので、聞いて見たら、カリフォルニア鉄道歴史友の会のようなものの人達が勝手に見学会をやっていたとかいう話である。

パーティでは、お年の先生方からゲルマンとファインマンの思い出を聞く。ファインマンのほうが表向きは陽気だけれども、その奥にある本心に辿り着くのは難しく、ゲルマンのほうが心から知った気になれた、など。僕からは彼ら自身が伝説の存在だけれども、彼らが話をするときは、彼らにとっての伝説であった人達の話をするのだ、というのが、興味深い。

そうこうするうちに小雨。おうちをお暇して、Lake Street ですこし買い物をする。

その後は大学に籠って一週間ほうってあったメールに次々と返事を書く。

夕食はどうしようかと思っていたら、% が居たので、メキシカンにつれて行ってもらった。お腹が一杯になる。

もうしばらくしたら空港に向かう予定だ。


Nov 19 21:26, Pasadena

パサデナの夕暮れ。

研究会の二日目。

自分の発表は朝の二人目、はじまる前は緊張したが、まあ、なんとかこなした。

どうもはじめは話を速く進め過ぎたので、「いけませんね、話すのが速いですね」と二三度言って、時間丁度だけ喋ったのだけれど、その後に座長の ? 先生に「そういうのは口に出さずに調整したほうが良いよ」と助言をいただく。

兎も角、いろいろ鋭い質問も出て、その後のコーヒー休憩でもいろんな方に議論をしていただいて、よかった。

お開きの後は、部屋を借りたのでそこで少々用事。廊下を歩いていると $ 先生に会ったので少し物理の話。ホテルまでどうやって戻ろうかと思ったら、uber を呼んで下さった、使うのははじめて。


Nov 18 23:42, Pasadena

夕日をうける薔薇。

今日明日は Schwarz 先生の75歳記念研究会。

Neveu, Ramond, Green, Gross などの諸先生方、弦理論の創始者の方々が皆いらしていて、英雄崇拝は嫌いなつもりな自分ではあるが、多少の感動をせずにはいられない。晩餐会では、彼らがポスドクであった頃の思い出話を聞く、など。


Nov 17 21:47, Pasadena

空の旅。

明け方に宿を出て、カルテクに移動。サンフランシスコの電車の中から日の出を見る。

晴れて素敵な空の旅。今回は大学そばのアテネアムではなくて、すこし遠いホテルなのがすこしだけ残念だ。ホテルの部屋自体はとても豪華なのだけれども。

幸い、丁度ホテルの前のバス停から一本で大学まで行けることが分かったので、それに乗ってあちらに顔を出しに行く。生協の食堂で本格ハンバーガーを焼いてもらって遅めの昼食。

明日からの研究会のために続々人が集まってくる。丁度 * 先生がコロキアムをなさるというので出席。

夕ご飯は # と $ にアジアンなところに連れていってもらって、僕はフォーを食べた。

宿に戻って明後日の講演の詳細を弄る。


Nov 16 19:57, Berkeley

今日は朝から青天。

午後は自分の話の後半、以前からこちらの道の専門家の話に聞いて欲しかった話を出来たので、個人的には満足。

昼は相変わらずサンドイッチ屋、夜は初日に行った学生街のイタリアンで。

なかなか洋書のある古書店に来ることはあるまいと思って、さらに一冊買って帰る。蔵書のリストも随分長くなった。


Nov 15 21:45, Berkeley

講義室からのサンフランシスコ中心部の眺め。

昨晩はあのあとすぐ寝たが、数時間ほどしてまた目が覚めたので、残してあったブリットーを平らげて、また寝た。

今日はようやく時差ぼけが収まってきた。研究会、より正しくは秋の学校は二日目。

昨日も今日も、朝起きると濃い霧で辺りが濡れているほど。昼すぎになると徐々に青空が見えて、夜にはすっかり晴れになる。数学科の建物はサンフランシスコ湾を向いた丘の中腹にあって、さらに講義室は 10 階にあるから、なんとまあ眺めが見事なこと。朝のうちは霧の海だが、夕方には金門橋に日が沈むのが見える。とんでもない所に大学をつくったものだ。

昼ご飯は昨日と同じ所に。折角なのでもう一人の講演者の ? さんにいろいろと教えてもらう。

夕方には僕の番が回ってくる、聴衆も何度か笑ってくださったので、まあよし。

その後は軽く講義室でワインパーティがある。

帰り道、昨日も前を通った大きな古本屋に寄って一冊購入。日本から持ってきた本を読み尽くしたので。


Nov 14 20:04, Berkeley

バークレーの鐘楼。

気が付いたら朝の8時だった。意味不明な夢を沢山見た気がする。

研究会は自分のやっていることと少しだけ違う分野だからか、かえって全ての講演が面白く新鮮に聞こえる。しかし時差ぼけだからかすこぶる疲れた。

昼ごはんは # 先生についてサンドイッチ屋に行ったら、先生はお店の人に「昔毎日来ていなかったっけ?」と聞かれていた。先生曰く、あれは二十五年前自分がポスドクのときのはずだが、本当に覚えていたのだろうか。

夜は生協でブリットーを買うが、巨大で全部食べられず。


Nov 13 19:07, Berkeley

カリフォルニアの夕焼け。

飛行機はほとんど揺れず、快適だった。いつもは揺れで脅えて縮こまっているのだけれど、今回は機中でパソコンを開いて仕事をした。産まれてはじめてではないかしら。

電車で宿まで移動。途中ぼんやりしていて乗り換えに失敗して、次の電車を20分ホームで待ちぼうけをする。

宿に着いたら気が抜けて、二時間ほど睡眠。その後は軽く夕食に出掛けた。


Nov 13 18:37, Narita

印旛沼の夕焼け。

良い天気、朝は三人で植物園に行く。

昼過ぎからは僕はアメリカ出張の為成田へ向かう。

成田エキスプレスに乗ろうと東京駅に来たら、人身事故で運休、鈍行も遅延。ということで、京成スカイライナーに乗ろうと日暮里まで来たらば、同じことを考えた人でごった返している。とりあえず喫茶店に入って善後策を練るが、飛行機を確認すると一時間出発が遅れるということで、急ぐ必要がなくなった。というわけで、のんびり行くことにする。高砂で乗り換えて、北総線で成田空港まで。

とは言え、動揺していたのか、読もうと思っていた本をスーツケースに入れて預けてしまった。幸い空港の本屋で面白そうなものがあったので、一冊購入。


Nov 12 21:23, Tokyo

どうも午前中は起きられず、朝食後も二度寝。

その後ものんびり、特筆すべきこともない。

娘と奥さんがインフルエンザの予防接種から戻ってきて、僕は明日からの出張のスーツケースを詰めていた。ちょうど、あちらに着いてしばらく飲む為にと思って、ティーバッグを五つほど袋に入れていたのだけれど、娘はそれが触りたいらしい。というわけで渡してみたら、こちらが呆れるぐらい随分長い間もてあそんでいて、随分しわくちゃになった。


Nov 11 21:37, Tokyo

雨に散る落葉。

夜の間は案外の雨、朝には小雨に。柏の葉の駅に着く頃には傘がいるようないらないような。

しかし夜の雨は柏では凄かったようで、テニスコート横の遊水池があふれて周りの道を浸している。といっても、遊水池周りの道はあたりの歩道や車道よりはかなり下だから、僕らに危険はないのだけれど。立派な鷺が飛んでいた。

学校では、講演の残りを書き下して、あとは、出張の準備。ちょっとだけ @ と * とそれぞれ議論。

お茶の時間にはまた政治家がどなたかいらして、所長が案内をしていた。

飼育員の方が餌を並べてお茶の時間のチャイムが鳴ると、檻の中から世界各国から集められた珍奇な動物がぞろぞろ出てきて、それをわいわい言いながら貪る。そこをきちんとした身なりをしたお客様が所長に連れられて物珍しげに通り、柵の上から見下ろして行く。

僕はそんな珍妙な動物の一匹であるのにやぶさかではない。実際、四月にこの動物園に戻ってきて嬉しく思っている。ただ、我々を生かす為に研究そっちのけで働いて下さっている所長に頭が下がるのである。

週末なので、いつものように和菓子を買って、帰宅。


Nov 10 22:30, Tokyo

車窓から見る朝の光。

今日は薄曇り、ときおり青空が見える。

学校では大人しく机に向かって講演の続きを書き下す。あと少し。

その他、今週の昼食会は @ さんの話、夕方は + 君と amplitude の話。

毎日同じ時間の電車で帰っているのだが、いつのまにか学校を出るときですら薄暗くなってきた。駅前で鯛焼きを買ってほおばりながら帰宅。


Nov 9 21:24, Tokyo

根津神社の銀杏。

今日は本郷へ。

とりあえず考えた所まで来週の講演の内容を書き下す。必要な長さの半分くらいにはなる。僕にとっては畑違いなので、聴衆に少しでも伝わるように、と、あちらの文献をいろいろ見ているが、これも、勉強になって、良い。

しかし、行き詰まって、続きを考える為、キャンパスとそのあたりをとぼとぼ歩く。今年は都心も紅葉が早いような気がする。

三時からは amplitude のゼミに途中まで出席。

家に戻ってしばらくして、夕食だよ、と、静かにしていた娘を抱えて食卓に突然連れていこうとすると思いがけず随分嫌がられた。どうしたのか、と床に置くと、とことこ、と元の場所に戻ってまた座っている。楽しげな曲が多い子供用 CD を借りて掛けていたのだけれど、丁度珍しく感傷的な「さよならぼくたちのようちえん」というのが流れていたので、それを聴いていたのだろう。楽しい曲を聞いて踊ったりするのは判っていたが、静かな曲も聞いていることが判って、はっとする。

さて、先々週日記に書いた # 君との論文の件であるが、ようやく昨日補遺を投稿したら、また今日これまでとは別の物性理論の方からメールがあって、彼らも九月中旬に関連する論文を書いていた、という。僕と # 君は素粒子側から物性側に参入しようとしていて勝手が分かっていないわけだが、随分元気な分野だ。


Nov 8 22:20, Tokyo

銀杏も色付いて来ました。柏の葉にアンモナイトを発見。

今日は曇。冷えるので、例年は真冬に着ているダウンのコートをさっそく出したが、これなら前を開けて歩いて丁度ぐらいだ。

朝、柏の葉の駅前のタリーズでカフェラテを買って出てくると、いつも見ている大理石に見事なアンモナイトが埋まっていることに気付く。これは大きい。何だか嬉しくなって、紅葉を見ながら歩くのも心が軽かった。こちらは都心より随分葉が色付くのが早いようだ。

学校では、来週の講演の詳細について考える。

昼食時、ポスドク数人と食堂に行くと、= が一人でぼんやり座っている。我々はここに一緒に座っていい?と聞いて座って食事をはじめたのだが、途中で = の彼女らしき人がやってきたので、これはお邪魔をしてしまった、ということに気付いたが、後の祭り。

午後は、# にいろいろ興味深い話を聞く、など。

帰りはお腹が減って、駅の鯛焼き屋で鯛焼きを二つ食べたらちょっと多かった。

スペルチェッカだが、最低限僕に必要な機能ならすぐに出来ることに気が付いたので、昨晩は日記を書いた後、一時間半ほどつかってコードを書いて使えるようにした。さて、今日学校につくと、何と件のスペルチェッカの開発者から連絡があって、OS の最新版で使えるようにしてしかもソースを公開したという。


Nov 7 21:49, Tokyo

柏の葉の紅葉。

今日も良い天気。

とりあえずまず今日やろうと思っていた用事が二時半ぐらいに終わった。来週の講演の準備を何もしていないから、それをしなければいけない。しかし、まあ、お茶の時間まですこしパソコン弄りをしようと思ってはじめたら、気が付いたら家に帰る時間だった。というわけで帰宅。

パソコン弄りというのはこうだ。OS を最新版にして、とりたてて不具合はないと思っていたら、TeX を特別扱いしてくれるスペルチェッカが動かなくなって、最近論文を書いている際にとても気になった。しかし、そのスペルチェッカの開発はもう五年強とまっていて、且つフリーウェアだがソースコードが公開されていない。開発者に連絡してみても音沙汰が無い。というわけで、自分で何とか出来ないかと思ったのだ。

今日調べたところでは、まあ、一週間ぐらい時間を捻出できれば出来なくはなかろうが、問題はそれがいつ捻出できるかということだ。


Nov 6 23:04, Tokyo

色付いてきた公園の木々。

今日は奥さんが弔問に行ったので、その間しばらく娘の面倒をみる。

といっても、昼からは奥さんのご両親が助けに来てくれたので、二人だったのは短時間だったけれど。

その間、娘に、「昼からはじーばーが来てくれるからね」と何回か言ったら、娘はじいじ、ばあば、と毎回分けて呼ばなくても良いと学んだらしく、ご両親が来ると「じーばー!」と呼びかけてしまって、僕は頭を抱えた。


Nov 5 22:39, Tokyo

日々秋も深まる。

朝は奥さんが歯医者に行ったので、娘と家でしばらく遊んでいるが、徐々にママ、ママ、という。外に出て二人で暖かい陽射しに当たっていると、徐々に眠くなったのか、腕の中で寝てしまった。というわけで、ぼんやりそのまま葉の少なくなった並木などを見ていた。

その他、のんびり。

= から彼の論文の原稿が送られてきて、意見が欲しいという。読みはじめると、質の高さに愕然とするのであるが、後生畏るべし。僕なんか引退してしまっても良いのではないかと思うが、僕はまだまだ未練がある。

夜はゴミ袋を共同のゴミ置き場に持っていったら、古紙置き場に沢山本が捨ててある。まあこういうことはしばしばあるのだけれど、今回は僕の趣味に合致する本がいろいろ積んであったので、奥さんに許可をもらって、三冊拝借してきた。森三樹三郎「老子・荘子」(講談社学術文庫)等。


Nov 4 21:09, Tokyo

僕の部屋から下をのぞくと。

昨日今日と天気が良い。

昨日は休日、家でのんびりする。娘が午後四時から午後八時まで夕寝をしてしまって、そのあと夕食、お風呂、寝かせるのが遅くなったが。

今日は大学へノートパソコンを持っていったので、行きしの電車でそれを開いてメールの返事をはじめたら調子が出てきたので、柏の葉の駅で下りたら駅前のカフェに入って昼ご飯すこし前まで用事をしていた。

学校では * と議論。お互い、場の理論の非常に基本的なことがわかっていないことがわかった。

お茶の時間は =、その後すこしだけ % 君と議論。

和菓子を買って帰宅。


Nov 2 23:40, Tokyo

今日は曇り空、夜には雨。本郷に行く。

途中で去年も行ったお医者さんでインフルエンザの予防注射をする。

その後は査読の返事、推薦状を一通、昼食後は = 君の文献紹介に途中まで参加。

途中で抜けて、お葬式に。涙ぐむ。

帰りの電車は、実家から出てきた両親と途中まで一緒だった。ふと、僕が産まれて二ヶ月で死んだ祖父の葬儀のときのことを聞いてみる。というのは、祖父の法事のときに、お葬式の写真で、祖母、両親、兄が並んで写っているのを何度もみたのだが、そういえばそのとき僕はどうしていたのだろうと思ったのだ。なんでも、祖母の親友がうちに来てくださって、いつものベッドに寝ている僕のミルクやら何やら面倒をみてくださったらしい。

珍しく遅めの帰宅。娘はまだ寝ていなかった。


Nov 1 22:12, Tokyo

物性研の青空。

今朝は雨、昼にはあがって、徐々に青空になる。

あちらでは、%、!、# と議論。

昼ご飯は # と * についていったら、半分以上がイスラエル人のテーブルになって、あちらの事情やらを聞く。

午後は = のセミナー。