Aug 31 23:59, Tokyo

和菓子屋にて。

今日は雨模様。随分すずしく、秋だ。朝は娘は傘と長靴で「ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん」と歌いながらのんびり歩いたので、保育園までいつもより二倍の時間が掛かった。おおむね小雨だったが、途中一瞬激しく降って、娘の傘は僕がおさえていたから良いものの、おさえていた僕の右手はずぶ濡れになった。

その後は本郷へ、院試の面接の一日目。今日は一人だけだからそんなに大変ではない。

残りの時間はパソコンに向かってノートの続きを書く。書けば書くほど頭が整理されて、内容が当たり前に思われて、書く必要もない気がしてきた。

図書館に寄って本を一冊借りる。吉本道雅「史記を探る」。たまたま手に取って借りたものの、数頁読んでみるとすぐに気に入った。良い本に巡り合った。

赤門前の和菓子屋でお土産を買って帰宅。

奥さんが同僚と話をしたそうだが、そちらの同い年ぐらいの子供は毎日八時に寝て、いうことも良く聞くらしい。こちらは今日は十時半まで掛かった。良く言う「いやいや期」というよりは「したいしたい期」で、何をするにも自分の決めた方法でないと駄目なようである。

僕が食後の家事をやっている間、奥さんが娘を見ているが、徐々に奥さんが疲弊して、ついに寝てしまうのを、横で泣きながら「ままのだっこがよかったー」と娘が絶叫している。眠くなければ娘は僕とも楽しく遊んでくれるのではあるが、こうなると、僕がだっこをしても「ままがいいー」とさらに大声で絶叫して僕から逃れようとするのでどうしようもならない。なんとか奥さんが起きだして、だっこをすると、ようやく寝てくれた。こういうことがしばしばあって、繰り返し日記に書いている。


Aug 30 23:40, Tokyo

今日も普通に娘を保育園に、そうして柏へ。あちらの往復はまたレンタサイクル。

朝は査読。午後はここしばらく考えていたことを忘れる前に書き留めようとはじめてみたが、記法をどうするかに手間取ったので半分くらいしか書けず。

お茶の時間は二ヶ月来ていた $ に別れを告げる。その後は ? 先生のセミナーに出る。

夕方になって急に涼しくなった。

娘は夕ご飯中に眠くなって寝てしまったのだが、三十分後ぐらいに起きだして、食後の片づけをしている僕らのところに寝室から飛んできた。すこし寝たからだろう、夜遅くまで元気で、ようやくもう一度寝たのは11時前。


Aug 29 22:49, Tokyo

今朝も娘は泣かずに保育園に行った。そういえば最近は「ほいくえん、いやんもうなの」と言わなくなった。落書きも随分うまくなって、「わんわんのかお」といって大きな丸の中に三つの丸を書いた。

学校に行って、考え事。柏の葉の駅と大学のあいだはレンタサイクルにしてみた。帰りは本屋に寄って絵本を買う。

昨晩日記を書いたあたりに、次のようなことに気が付いた。五月に出た Wang-Wen-Witten を読んだり読まなかったり長らくしていたのであるが、内容の一部は四月に自分の書いた論文の内容およびそれの簡単な拡張からも導出できるはずである。しかし、彼らの論文ではノンゼロである量が僕の方法でやるとゼロになってしまう。

これは困った、というわけで、一日考えていたが、悪くない方法で解決できることがわかった。忘れる前に書き留めないといけないが、その時間はまだ無い。


Aug 28 23:55, Tokyo

今朝は起床直後の娘のご機嫌がまた最悪で弱った。しかし朝食後はご機嫌、保育園に連れていっても泣かず。

学校では勉強。 # と議論、? と議論。

帰途、夕焼けに飛行機雲が綺麗だった。

さて、先日奥さんの本棚から発掘して読んだ本が面白かったので、さらに一冊同じ著者の「夜は短し歩めよ乙女」を週末に発掘して読みはじめたのだが、今日の帰りの電車で読み切ってしまった。甘酸っぱい恋愛ファンタジーであるが、舞台はこれまたひたすら京大近辺での若い京大生の話で、僕もよく知っている地名や店が沢山出てきて懐かしい。僕は京大で育ったわけではないが、仕事柄、何度も何度もあの界隈は歩いているので。余程著者はその頃に思い出が有るのだろう。前の本もこの本も著者の投影と思しき主人公と、その数年下の後輩の黒髪の乙女の話なので、大まかな所はモデルが居るのではないかと思うが、モデルになった小説が百万部以上売れてしまうというのは不思議な経験であろうと思った。


Aug 27 23:39, Tokyo

昨日は朝食時の娘の機嫌が非常に悪かった。どうも我々も眠かったようで、皆で二度寝、昼食前に起きると元気になった。

夕方からは奥さんの御実家に寄せてもらって、一泊。お祭りを見に行く。三人で浴衣を着る、僕は帰省時に貰ってきた祖父の形見に袖を通した。娘は随分面白く興奮したらしく、に戻っても踊る真似をしており、日付が変わるまで眠らず。

あちらには昼食までお邪魔し、家に戻ってくる。今日は随分涼しい。日差しは強いものの、心地よい風。夕方になると随分気持ちが良い。秋がやってきた、と思わせる。

「きのうは沢山お坊さんがおどっていたね」と娘が言う。和服を着ている人は軒並みお坊さんに見えたのだろうか。そういえば娘がはじめてみた和服の男性はお坊さんだったろう。


Aug 25 23:06, Tokyo

軒先にて。

今日は初めて保育園で娘を先生に渡したときに娘が泣かなかった。徐々に慣れてきては居るのだろう。

その後は本郷へ。昨日に引き続き # との論文の原稿を弄る。

昼は喜多床で散髪。先日ネットで予約をしようとすると、喜多床がもう一ヶ所渋谷にあることを知ったのだが、今日切ってもらっている間に雑談に出すと、もともとは同じ店だったのが数世代前に兄と弟でふたつに別れて、こちらは弟の系列なのだとか。

午後はすこし散乱振幅組のひとたちと議論をする。

さて、学校に行く途中の家で、柊に似た同じ種類の木が二本植わっているところがあって、濃い緑の刺の無い葉に、夏に何度か白い花を咲かせてくれるので気に入っていたのだが、半年ほどまえだかに急に生気がなくなった。幸い、右側の木はしばらくしてまた元気になったのだが、左側のは葉も減ったままで枝も透けて見え、一回り小さくなったようで気にしていたのである。すると、ごく最近になって、左側の木にも沢山新芽がついていることに気が付いた。これが、良い兆しであればよいけれど。写真は元気なほうの株。


Aug 24 22:28, Tokyo

今日も暑い。

いつものように学校にいって、考え事。? と雑談兼議論。また、# がお盆前に共同研究の論文の原稿を送ってくれていたのを、ようやく弄りはじめる。

帰り道、白バイが急に回転灯をつけてサイレンを鳴らして、交通量の多い交差点が赤なのに反対側に渡っていったのでびっくりした。そうしてあちら側で車を止めていた。


Aug 23 23:02, Tokyo

今日は三十五度まで上がった。娘を保育園に連れていき、コンビニでアイスカフェラテを買い、バスに乗って出掛ける。

柏の葉でまたバスに乗るのも癪なので、久々にレンタサイクルにする。おじいさんが数人炎天下で駐輪場および貸出の業務をなさっているのだが、大丈夫だろうかと思ってしまう。最近までは電車の高架下にあったので、少なくとも直射日光は避けられたのであるが。

あちらでは勉強、? と話す、など。彼と昼食に行って、生協のカウンターでアイスカフェラテを淹れてもらって、さらに自分の部屋で話を続けていたら、興奮して身振りが大きくなった拍子にコップを倒してしまう。幸い机の上の本は何も濡れなかったが、半分流れてしまった。また僕のジーパンは大量にコーヒーを吸った。

帰宅。今日は娘は家に戻った後は母親べったりで、なかなか大変だった。僕も奥さんも音を上げて十時前ごろに布団に横になってしまい、娘はどちらも構ってくれないので横で大泣き、そのまま皆で寝てしまっていた。僕はさっき気が付いて家事の残りをすませ、いま日記を書いている。


Aug 22 23:53, Tokyo

またじりじりと暑くなってきた。娘を保育園に連れていって、バスに乗る前にコンビニでアイスカフェラテを買っているとバスが目の前を通り過ぎていった。

柏の葉でも暑いのでバスにのると、前に立っている研究所の同僚の背中のリュックサックに可愛い白い毛虫が付いてのそのそ動いている。僕が指で触ろうとすると後ろのおばあさんに止められた。バスを降りて、彼に毛虫が付いているので繁みに放してやろうと告げると彼は読んでいた論文でさっと払い落とした。「毛虫が背中のカバンにいますよ」という英語は如何にも英語の会話練習に出て来そうな文だ。

あちらではこれまた滞在中の元ここの数学のポスドクの $ と雑談のような議論のような。昼は ? のセミナーを聞く。あとはぼんやりと考え事。

帰り道、蕎麦屋の前を通ると、店のおやじさんが右手を空に向けて、その上のお盆の上にせいろをみっつばかり、丼をひとつ乗せて出て来る。出前かな、と見ていると、なんと自転車にそのまままたがって、左手だけでハンドルを握って出発したではないか。それでいて僕が自転車を漕ぐより余程安定している。こんな名人芸を未だに継承している人がいるのだと思った。


Aug 21 22:50, Tokyo

娘は随分久し振りに保育園、というわけで連れていくと泣いた。同様に泣いている子が他にも居る。

まあしかし随分慣れたので、スムーズに受け渡しを済まし、バスに乗ったところで、冷房が効き過ぎているときのための上着を忘れたことに気付き、次の停留所で降りて家まで戻る。

柏の葉ではアイスカフェラテをコンビニで買って大学まで歩く。

滞在中の $ と議論のような雑談のような。彼にも子供が出来たらしい。まだ産まれて半年ぐらいらしいが、僕がこちらの最近の話をしようとすると「どうせ何歳になっても大変だというんだろう、何も言わないでくれ (please don't disillusion me)」と先手を打たれた。

その次は # と議論。お茶の時間はちょっとだけ % と議論をする。

さて、帰りの電車では、柏の葉から普通に乗って「四畳半神話体系」を読んでいると、八潮で区間快速に乗り換えるのを忘れた。これは数分家に戻るのが遅くなったな、と思っていると、帰りのバスが、なぜか一本前のバスに追いつき、さらにそちらからお客さんがこちらに乗り換えてきてギュウギュウ詰めになった。どうも一本前のバスが他の車と接触したらしい。おそらく区間快速に乗り換えていても結局家に着くのは同じ時間だったと思われる。

夕食時、娘に、「このお椀のごはんをきちんと食べたら葡萄だよ」というと、急にスプーンで白米をお椀の片側に押し付けはじめ、「ほら、へった!」と得意げな顔をする。奥さんも僕もあまりのことに大笑いしてしまった。小さいながらいろいろ考えているようである。とはいえ、きちんと食べさせてから葡萄を出した。


Aug 21 00:04, Tokyo

通学路にて。

金曜は娘を保育園に連れていく予定だったのだが、朝食時に娘の左足に湿疹が沢山でていることに気付き、あわてて小児科を予約。しかし、三十分ほどして連れていく頃になると湿疹はすっかり消えてしまっていた。消えるとは思っていなかったから写真すら撮っていなかった。兎も角、医者に連れていくと、そういう原因不明なのは時々あるのですよ、ということで、経過観察。その後は同じような湿疹が体のあちこちに出ては消える。今日はもうほとんど出なくなった。ほとんど痒みも無いようである。

兎も角、医者から帰ってくると、柏まで行っていると昼をすぎる時間になっていたため、本郷に行くことに変更。

ということで昼食は久々に瀬左味亭に行く。店長がいらしたのですこし話をする。学生の時から通っているので、随分になる。徐々に僕も年なので、ここで昼食を摂ると胃に多少もたれるようになってきたが。今回もお腹が一杯になる。

あちらでは、第二食堂の上でちょっとだけピアノの練習をする、溜まっているメールに相変わらずすこしずつ返事をする、など。ピアノは帰省中からアルベニスの Azulejos を自分には難し過ぎるがやりはじめたのだ。もう一台のピアノでは学生さんがスクリャービンとカプースチンをやっている。ピアノの会の流行りは十五年たっても変わらないようだ。

土曜は朝から上野に出かける、国際こども図書館というのがあるのだ。連れられていって初めて知ったのだが、これは旧帝国図書館の内部を改装したものだそうで、天井が高くて素敵なところである。娘はとことこと廊下を走り回っていた。僕は以前田山花袋の「東京の三十年」を古本で読んで、帝国図書館に通う場面を印象深く覚えていたので、その建物とその部屋がまだ残っていることを知って随分嬉しかった。

さて、移動しようと建物を出ると、財布が無い。来る際のタクシーの中で支払いの後忘れてしまったらしい。幸いレシートがポケットにあったので、タクシー会社に連絡すると、もう警察に届けてくれたそうな。

そのまま奥さんの御実家に寄る。夕食をいただいたあと夜には自宅に戻る予定だったが、娘が昼寝不足なのか、じいじばあばに会った喜びのせいか、大暴れしたあとぐっすり寝てしまったし、雷雨が通って小雨になったものの降りやまないので、我々も泊めて貰う。そうこうしているとドーン、ドーンと遠くから音が聞こえる。マンションの廊下に出ると小さく花火が見えた。どこかの花火大会であろう。

日曜は昼まで御実家に寄せてもらって、その後自宅に戻る。

娘が昼寝をしている間に警察署まで財布を受け取りに行く。身分証がたいてい入っている財布を落としたから、どうしようと思ったが、パスポートを持っていくことにした。行って手続きをしてみると、まあ要らなかったようではある。応対してくださった警察官の方も「何か身分証はありますかね、財布に全部入っていたようですから難しいですかね」と僕に聞くので、パスポートを見せると、「ほう、準備がいいですねぇ」と言われたので何だか嬉しくなってしまった。

御実家にあった奥さんの本を一冊借りて持って帰ってくる。森見「四畳半神話体系」。読んでいて、著者は京大で過ごした学生生活が本当に好きだったのだろうと思った。


Aug 17 23:08, Tokyo

昨日は朝から東京へ戻る。両親には新大阪まで電車で一緒に来てもらった。娘は新幹線にのった直後から早めの昼食をのんびりと、名古屋の少し前でお腹が膨れたのか寝てしまって、結局東京まで寝ていた。

大阪は暑い夏だったが東京に着くと曇り空でとても涼しく、拍子抜けする。こちらの我が家に着くと、奥さんのご両親が早速娘と遊びに来てくださった。日記を書くのを忘れて寝る。

今日は娘は移動の次の日ということで保育園はお休み、奥さんもまだお盆休み。僕はそろそろ停止していた頭を回転させはじめたいということで、柏まで行く。涼しいので、柏の葉の駅で熱いカフェラテを買って、飲みながら歩いて学校まで行く。木立はもうすっかりツクツクボウシの蝉時雨である。

あちらではまず溜まっていたメールなどに返事をすこしずつする。

それをすませたあと、大阪に帰省中の晩にふと少しうまい事を思いついたと思ったことを検討してみると、どうも駄目らしいということになった。

そこで沈んだ気持ちになっているところに # が来たので、すこし議論をして、家路に。


Aug 16 00:13, Osaka

今日は雨模様。

また実家でぐうたらする。とりたてて書くことは無い。娘はこちらに来て数日は良い子を振舞っていて、おしっこうんちもほぼトイレでやっていたが、昨日今日は随分慣れて大騒ぎもするし、おしっこうんちもおむつに戻った。

訂正だが、昨日着た祖父の浴衣は出したのは初めてだそうである。以前着たのは祖父の大島だそうだ。

近くの古墳群が世界遺産登録を目指しているとかいう話を聞く。僕の実家は四十年程前に開発された住宅地にあるのだが、開発の際に開発会社は地元のひとには知られていたが未発掘だった古墳を存在を知りつついくつか破壊したそうである。この件は以前の日記にも書いた気がする。その時の情報源は大学の図書館で見た全国都道府県別遺跡一覧だったと思う。今回その話を両親にしてみると、以前聞いたと言って教えてくれたのだが、当時、地元のひとの中には、壊すのならば、と、私的にいろいろと掘り出して、家の蔵に納めたひとも居たとか居なかったとか。


Aug 14 22:24, Osaka

夏の空。

今日は僕の両親と僕の娘と奥さんとで街に出掛ける。両親はお寺さんに行って亡くなった祖父にお経を唱えてもらう。その間僕らはデパートの子供の遊び場で遊ぶ。

帰りの電車で娘に緑の山を指さして「ほら窓の外に自然が一杯だよ」というと「しぜん?どのへん?」という至極当然の答えが帰ってきた。

家に戻った後、祖父の浴衣を箪笥から出してもらったので着てみる。祖父は僕が産まれて二ヶ月で亡くなったのだから、随分綺麗においてあったのだ。大学生になったころだかも、一度袖を通してみたことがあった気がするけれど。

夕方、娘を公園のブランコでゆっくり揺すって僕もぼんやりしていると、娘が突然ブランコからどすっと下りて「だっこ」と言う。どうしたのかと思って抱きかかえると途端に寝てしまった。ブランコで揺すられて眠くなったようだ。

さて、祖母と雑談をしていると何とは無しに戦争の話になった。体の弱い夫が兵隊にとられて、逃亡兵になって、銃殺されたのを苦にして奥さんと子供が死んだ話、特攻隊に出たが不時着して助かったものの、それを恥ずかしがって終戦後自殺した話など。

祖母のまわりで起こった話だからあまり詳しく書くとプライバシーに関わるかもしれないが、この日記を読む人で誰かを特定できる人もいるまいから、戦争があるとこんなこともあったのだと、記録として、書いておきたい。


Aug 13 22:34, Osaka

今日も実家でぐうたらする。

娘はこれまで東京弁で育っているのだが、こちらで大阪弁の洗礼をうけて、「〜しよか」「〜なんか?」の語尾の「か」が気に入ったらしく、東京弁の文章のおしまいに「か」を付けるようになった。「牛乳がちょっと欲しくなったのか!」といった調子で、妙に劇画かかった台詞になり、周りで大笑いしていた。


Aug 12 22:39, Osaka

今日は朝に黒い雲が頭上をとおって、大粒の雨をすこしだけ落としていった。そのせいか、夕方になると案外涼しく過ごしやすい。娘と奥さんとで散歩に行く。公園で娘をブランコにのせていると僕は蚊にそこら中を刺された、十ヶ所ぐらい。しかしそのお蔭か娘は蚊に噛まれなかったので、父親として役に立っているとは言えよう。


Aug 11 21:52, Osaka

今日は一日実家でぐうたらする。日記に特に書くこともない。

ここしばらくは、帰省をすると、すわ、研究をする機会だと思って、いろいろやっていた気がするが、今回は完全に気が抜けていてぼんやりしていた。

ピアノの練習をする。夕方、庭の水やりを娘としようとする。娘は「はっぱにみずをかけないで!」と言うのが不思議だった。「木も草も水が飲みたいんだよ」と説得を試みるもなかなかうまくいかず。

また、PlayMais というおもちゃを両親が娘のために買ってくれていたので何故か僕と奥さんが喜んで遊ぶ、など。これはトウモロコシの粉に色をつけてパフにしたもので、味のついていないカールのようなもの。濡らすだけで簡単に貼りあわせていろんなものが作れる。


Aug 10 21:39, Osaka

お盆なので休暇を取って、昨日とは一転涼しい東京を出て、暑い大阪の実家に帰省。娘の機嫌も大幅には崩れず、なんとか辿り着く。

さて、実家にまだある自分の本棚をみると、一昨日買って帰省中読むため持ってきた本の旧版が並んでいる。どうも微妙に読んだ事があった気がしたから、薄々そんな気はしていたのであったが。しかし、アメリカに行って一年ほどしてからは、買った本は全て蔵書録に記録していて、それを確認してから買ったので、もっと前に買ったのだろう。と思って日記を遡って調べたら、十一年前の二月四日に読んだ記録があった。

その他、久々にピアノの練習をする、など。


Aug 9 22:48, Tokyo

今日は非常に暑い。娘を保育園につれていって、家に戻って明日からの帰省の準備をし、本郷へ行く。

本郷では勉強。午後には大雨が通って多少過ごしやすくなった。

昨日の夕方から非常にやる気になって、夜も面白い関連文献を見つけて、今日も一日いろいろ勉強したので、すこし理解が進んだ気がした。しかし、このような結論ならこの数年前の論文に既に書いてあってもおかしくないな、と思って確認してみると、確かに全部書いてあった。まあ、自分で理解してからでないと、他人の論文に書いてあることがわからない、というのは、しばしばあることだけれど。

さて、帰宅時、赤門を通ると、テレビ局の人が寄ってきて、「いま、東大生にインタビューをしているんですけど」と言う。家路を急いでいたので、点滅する信号の横断歩道を渡ると、それをわざわざついてくる。「教員ですけどいいんですかね」と聞いたら、「あ、そうですか」といって行ってしまった。まあ、たそがれ時だから年齢が分からなかったのだろう。ヒゲに T シャツに麦わら帽子だったからかもしれないが。


Aug 8 23:37, Tokyo

公園のランタナの花。

昨日も今日も普通に娘を保育園に連れていき普通に柏に行く。

昨日も今日も柏では滞在中の $、#、あと % 君と昼食をとり、午後は $ と議論をした。

昨日は家にかえって夕ご飯を食べていると不思議に娘がこてんと七時半に寝てしまった。十一時に起きて十二時半にまた寝た。というわけで何だか日記を書くタイミングを逸してしまった。

帰りに八潮で普通から区間快速への乗り換えを待っていると、普通の運転手さんが出て来て、ホーム先端においてあるモップと洗剤を取って運転台の前のガラスを綺麗にしはじめた。待ち時間といっても数分のことだのに、有り難いことだ。素敵な手際だった。

今日は久々に柏の葉のららぽーとの本屋で一冊購入、堀越「ジャンヌ・ダルクの百年戦争」。これは図書館でみかけて、借りようとおもうと借りられてしまっていたので、つい待てずに買ってしまったのだ。堀越先生の本はもう何冊も読んだ。はじめて読んだのは高校のときに買ったホイジンガの「中世の秋」の翻訳のはずである。これは、同級生の親御さんが亡くなったときにお葬式に出た際、梅田だか千里中央だかの本屋で偶然手に取って購入したのだと思う。それからすっかりその文章に虜になって、面識もないけれども勝手に先生付けして心の中で呼ぶことにしている。

今日は娘は九時半すぎに就寝。


Aug 6 23:22, Tokyo

今朝は児童館に娘を遊ばせに行く

家に戻る途中で娘は昼寝しそうになるが、家についたときに起きてしまい、二時間ほど夕寝になる。夕寝のあとは奥さんが娘をまた遊ばせに連れて出た。

娘が寝たのは十時半。昔は週末は自分勝手に生きていたものだが、最近はほぼ娘のために動いている。まあ、生物というものは繁殖後はそういうものだろうか。


Aug 5 23:54, Tokyo

今朝は僕はどうも起きられず、朝食後は布団に突っ伏して寝てしまった。奥さんは娘を遊ばせに行く。僕は奥さんと娘がすぐに帰ってきて「どうしたの?」と聞く、という夢を見ていた。

昼食後は三人で数時間ぐっすり昼寝。その後は僕が娘を遊ばせに行く。


Aug 4 23:44, Tokyo

今朝も娘は咳がひどいので、奥さんが仕事を休んで娘も保育園を休ませることに。

僕は柏へ。用事やら、考え事やら。すこし昨日に引き続き # と $ 君と議論、また ? と議論。

家に戻ると娘は半日ぐっすり寝て随分快復したらしく、非常に元気だ。11時まで寝てくれずに弱った。


Aug 3 23:26, Tokyo

路傍の百合。

朝は娘は少々咳と鼻が出る。そこで、すぐに奥さんが娘と医者に行って薬をもらっておいてから、僕が保育園につれてゆく。

その後僕は柏へ行く。涼しいし曇ってもいるし、と柏の葉の駅から歩きはじめると、途中で日が射して暑くなった。汗だくになって大学に着くと、するするとまた雲が出て涼しくなった。

午後は # と $ 君と議論。

和菓子を買って帰宅。娘は風邪気味なのか八時半に寝てしまった。


Aug 2 23:57, Tokyo

今日は曇また小雨、涼しい。秋口のようだ。

娘を保育園につれていくと教室に誰もいないので娘も不思議な顔をしている。扉に庭に出て遊んでいますとあったので連れていった。

その後本郷へ。途中古本屋の軒先をみると東洋文庫の「長安の春」があったので購入、以前図書館で借りて読んだが、これは本棚に並べておいてよい本だと思っていたから。

正門に入ると高校生ぐらいの人達が沢山いるので何だとおもうとオープンキャンパスらしい。

というわけでいつもの部屋は使えなかったが、別の部屋で修士一年の輪講、一応夏学期に読もうと思っていたのは今日で無事終了。

帰りはぱらつく雨のなか自転車にのると、途中ですこしく降ってきた。大木の下は濡れない程度の雨だが、それでも家まで乗ると案外体が湿った。というわけですぐに風呂に入る。

今日は娘は十時半に寝た。疲れて既に寝てしまっている奥さんに、眠いものだから「だっこして」といって大泣きしながらすがりつく娘をおろおろしてみている僕、といういつもの光景。僕が抱いて寝るものであれば幾らでも抱くのだが、眠くなってきた状況では僕が抱くと却って絶叫するので、どうしようもないのである。


Aug 1 23:20, Tokyo

登校途中に栗の木を発見。

今朝は曇、昼をすぎると小雨になって、夕方はまあまあ降る。

娘を保育園につれていって、僕は柏へ向かう。涼しいからと思って柏の葉の駅から大学まで歩くと、湿度が高くて汗だくになった。

その後はメールの返事、勉強など。


Aug 1 00:05, Tokyo

今朝も娘を保育園に連れてゆく。先生に娘を渡すと相変わらず泣きだしてしまうが、その後おむつの補充のため教室に戻ると、もう楽しく遊びはじめていた。

その後は柏へ。研究会から戻ってきた ? と雑談兼議論、等。

家に戻ってくると、娘と奥さんもちょうど家に帰ってきたところ。さて娘は今日は何故か興奮していてほとんどノンストップで心の中をひたすら喋り続ける。といっても、これをやりたい、これをやりたくない、というのが殆どだが。

幸い僕は昨日休養がとれたので、なんとか娘の相手をして、10時ころ奥さんと娘が寝た後は、残った家事を済ませて、あとはパソコンに向かって休憩兼文献探し。