Feb 28 23:02, Tokyo

昨晩はあの後ようやく文献を見つけたが、家からは読めないので寝た。今朝は娘を保育園に連れて行って、学校についた所で早速文献をひとつ図書館から借り、もう一つを雑誌社からダウンロードして読む。とりあえず論文の原稿に文献だけ追加しておく。

昼食時はすこし前から @ とメールでやりとりしていたが行き詰まっていた話を + に相談してみる。すると、数時間して + が僕の部屋に来て、こういうことが判った、と言って、すこし進展があった。喜ばしい。

次は = 君と議論。こちらも地道に進展中である。次は # とメールでやりとりしている話を考えて、返事を書く。

そうこうしていると帰る時間になったので、図書館でもう一冊文献を借りて帰った。昨日から調べていた話は、代数的 K 理論なるものと関連するらしいので、その教科書を借りてみたのだ。帰りの道中で読む。

今日も保育園から帰ってくる娘と奥さんとに家のほぼ前で会うように出来た。最近は娘は十時過ぎにすっと眠ってくれるようになった。


Feb 27 22:42, Tokyo

梅もほころび始めました。

今日は暖かくなった。娘を朝保育園に連れて行こうとすると、シャボン玉をしないといかないというので、仕方なくシャボン玉セットを持って家の前ですこし遊んでから保育園に行く。僕はシャボン玉セットをそのまま大学へ持ってゆく。

さて、柏の葉の駅で降りようとすると回数券が無い。仕方なく駅員さんに「すみません、お金を払います」というと「今回は良いですよ、通ってください」と有り難い言葉。こういうことがある度に思い出すのは、小さい頃、家族に連れられて街に行った帰りに電車を降りて、切符がなかった時だ。母が駅員さんに謝ってくれて、駅員さんは通ってくださいと行った所に、僕は「ちゃんとお金をとらへんとあかんで」とか何とか言ったのである。なんという杓子定規な子供だろうか。

大学ではまず居室の本棚の一角が一年分の書類で積み上がっていたのを、要るものと要らないものに分別して、要らないものは古紙回収に出す。

皆さんと昼ご飯に行く時に、シャボン玉セットを持って行って皆で遊ばないかと言ってみたら、案外皆が冷たい目で僕を見た。仕方がないので独りで遊ぶ。穏やかな風に揺られて飛んでゆくのが綺麗だ。

その後は ? の学生の $ のセミナー。まあなんと素晴らしい話だ。こんな素敵なテーマを学生さんに出せるというのは ? の凄いところであるし、 学生さんのほうもその後教員に頼らず続きの研究をしていて偉いことだ。

その後は文献を漁るが、なかなか必要なものに辿り着かず。ふと気が付くと既に帰宅時間を過ぎていたので、慌てて帰宅。

娘は今日は眠かったようで、九時半に就寝。その後また文献を探すが、まだ見つからない。


Feb 26 23:21, Tokyo

今日は娘を保育園に連れて行って、その足で立教大まで行く。一日集中講義を頼まれたので。

四時間半話す。内容は先々週に CERN でやったものと同じ。聴衆は五人くらいかと思っていたら、沢山いらしてびっくりした。CERN でやったときより沢山質問が出てこちらも勉強になった。

昼は大学の学生食堂でのんびり、? 君、* さん、# さんと議論をしていた。

帰りは立教大の近くの古本屋で二冊新書を購入、コーヒー屋で甘いものとコーヒーで休憩をして、娘を保育園で拾って、帰宅。

娘は保育園で雛祭りの歌を教えてもらったのだろうが、「五人囃子の日が暮れて〜、今日は楽しいクリスマス」と歌っている。


Feb 25 22:56, Tokyo

今日は娘は奥さんのご両親に遊びに連れて行ってもらう。

その間、台所に大きなスチールラックを組み立てた。というのは、徐々に物が増えて台所と食卓のあたりが手狭になってきていたから。日本に戻ってきた時に買った小さなラックもとうとうお役御免である。詰め替え終わると随分部屋が広くなった。

昼までには終わって、あとはぐうたら昼寝。娘は奥さんのご両親と夕方に戻ってきて、一時間ほど夕寝をする。皆で夕食、僕は食べ過ぎてまた布団でごろごろしていた。娘は無事十時過ぎには寝た。

その後は、# から来たメールの返事を考えている。何でも、僕が以前書いた論文の内容を必要になって細かく読んでいて下さっているようで、関連する質問である。さて、その論文はいつ書いたのだったか、と調べてみると、出したのが 2008 年の四月で、昔のメールを調べてみると二月頃にちょうど ? と一緒に原稿を書いていたようだから、丁度十年前である。時の流れるのは速い。


Feb 24 23:36, Tokyo

今日は暖かい。朝はなかなか起きられずに居たら、起きた頃には娘と奥さんがプリンを作って蒸していた。

昼食時に娘は椅子でうとうとし始めるものの、布団に連れていく際に起こしてしまって、昼寝に失敗。夕方買い物に行って、抱えて家に戻るところで寝てしまって、今度は無事布団に置いたものの、夜寝るのに差し支えるといけないと思って一時間後に起こしたら、さあご機嫌が悪く、とはいうものの奥さんは料理中で対応出来ず、一時間ひたすら大泣きをされてしまった。

しかしまあ夕食の頃には機嫌も快復、いつも通り十時すこし過ぎに寝た。


Feb 23 23:21, Tokyo

今朝も小雨が降って冷える。

昨晩少々夜更かしをしたので、僕がなかなか起きられず、娘を保育園につれていくのも少々普段より遅くなった。電車の中ではぐうすか寝た。

あちらでは、知人から送られてきた新論文の原稿をざっと読んで返事をする、査読のつづきをする、バークレーから来ている学生さんの $ さんと話をする、+ 君と議論をする、など。

帰る頃には空も晴れて、気持ちも晴れ晴れとする。随分日が長くなった。春も近い。

娘を保育園に迎えに行って、家に帰る。

帰りに研究所の図書館に寄って新着図書の棚を久し振りに眺めた。丁度「有限群アトラスの三十年」という会議録が並んでいたので借りて電車の中で読む。これは興味深い。


Feb 23 00:06, Tokyo

日本に戻ってきてから晴天が続いて暖かいなぁと思っていたら、今日は一日ずっと薄暗く、みぞれ又は小雨、柏では雪がちらつくことも多かった。寒く冷える。

朝、娘は、傘をさして保育園に向けて歩きはじめたが、「寒い。抱っこ。」というので、途中から抱えて運ぶ。

火曜水曜と + 君とちょっと議論をしたのだけれど、どうも僕は考える対象を提案してみただけで自分では余りやっていないのに + 君に適当なことを言い過ぎたなぁと反省したので、今日は保育園に娘を預けたところから家に帰るまで真剣に考えてみた。すると、確かに思ったより難しい問題である気がしてきた。

帰りのお迎えは今日も奥さんに頼んだが、僕も帰る時間を合わせてうまく家の近くで落ち合うようにしてみる。


Feb 21 23:46, Tokyo

今日も娘を保育園に連れて行って、その足で学校へ向かう。

柏では頭を抱えながら計算間違いを探す。というのは、先月から ? 君と @ でやっている話に関連して、去年の秋に僕が一人で書いていた論文の一ヶ所に辻褄の合わない点をみつけたのだが、? 君がそれを解決してくれた。しかし、そうするともう一ヶ所計算間違いがなければ辻褄が合わないのだ。去年の秋の計算ノートを本棚から引き出して、一から計算を確認するため一日にらめっこをする。まあ、一応原因はわかった。修正版の論文は共著者に ? 君に加わってもらうことにしようと思う。

その他、頼まれている査読をする、等。

家の近くまで来ると、ちょうど奥さんと娘が保育園から戻ってくるところに会う。娘を抱え上げる。


Feb 20 22:14, Tokyo

月曜は娘を保育園につれていって、柏へ行く。あちらでは出張後の手続き、など。時差ぼけで眠く、あまり何も出来ない。しかし、一応 $ と議論はする。

行き帰りの電車の中ではひたすら寝ていた。娘のお迎えは奥さんに頼んだ。家に戻っても、夕食後お風呂に入ってすぐ寝てしまった。

火曜も娘を保育園につれていって、柏へ行く。ようやく時差ぼけも解消してきて、多少計算などする。今日も娘のお迎えは奥さんに頼んだ。

最近は娘は十時過ぎには寝てくれるようになった、僕が出張していたあいだに、徐々に朝起きるのを一時間はやくして、寝るのを一時間遅くしたらしい。


Feb 18 22:00, Tokyo

土曜朝は食堂で合流して $ と一緒に空港へ向かう。雲行きが怪しい、トラムの駅についたところで降り出した。途中でバスに乗り換えて、問題なく空港に着く。

しかしそこからがおそるべき混雑、充分はやく来ていたのに、手荷物検査の長蛇の列を抜けると、もう搭乗時間。あわてて娘に犬のぬいぐるみを買って、飛行機に乗る。

コペンハーゲンへの着陸は適度な雲の中を抜けて行って楽しかった。軽く昼食、土産を考える。

途中、本屋でバイキングについての素敵な全頁カラーの子供向け解説書を見つけて気に入ったのだが、生憎デンマーク語なので結局買わず。そのかわりその横に飾ってあったムーミンのポスターを買って帰る。

日本行きの飛行機の搭乗口では、髪を空色に染めた白人の女性がアメリカ人男性らしき人と大声で会話をしている。どうも相手は日本に住んでいるらしいのだが、「到着するまで黙っていようと思っていたのだけれど、我慢ができなくなって。いまコペンハーゲンの空港なの。明日には日本に居るわ。」「え、どういうこと?コペンハーゲンってどこ?トルコだっけ?」「デンマークよ」「どこに泊まるの?」「ちゃんとホテルは予約してあるから。会いに来てね。」というような会話である。

機内では僕のとなりは大柄の北欧男性だったものだから、少々僕は狭く感じた。

飛行自体は滑らかで、六時間ほど睡眠。とくに映画も観ず。成田から家までなんとか戻ると昼過ぎである。

奥さんのご両親がいらしていたので、僕は何もせず夕方まで寝かせてもらった。


Feb 16 22:10, Genève

早めの朝食をとりながら考えるに、もともと用意していた内容を残り時間で話すのは到底無理である。というわけで、宿舎に戻って、別の話で残り一時間で終えるに丁度いい内容を準備しなおす。

その甲斐あってか、それともしばらく英語を毎日沢山話したお蔭か、今日は滑らかに話が進んだ気がする。

昼食はまたハンバーガーにした。

午後は % 君の講義があって、目出度く冬の学校もお開き。その後は * に「昔の論文について質問があるんだけれど」と聞かれたので、しばらく議論。内容を思い出すのに少々時間がかかった。

あとは部屋にもどってぼんやり、食堂でまた夕食。冬の学校の参加者がいろいろやってくるので、のんびり雑談。明日は日本へと向かう。


Feb 16 06:58, Genève

木曜になって徐々に疲れが溜まってきた気がする。

三コマ目の講義はのんびりやったら予定の 2/3 しか進まなかったので、おしまいの講義の構成を調整しないといけない。

昼食には食堂でムール貝の酒蒸しが出ていたのでそれを食べる。

夕方は ? といろいろと議論した。その後は食堂で夕食。ビールをすこしだけ飲んだ。

九時ごろ就寝、六時起床。


Feb 15 08:43, Genève

雪化粧した CERN.

昨日は日記を書いた後に朝食の為食堂に行くと @ に会う。彼は月曜に二コマ講義をして、昨日は居ないなと思うと、イギリスまで面接に行っていたらしい。水曜に講義を二コマしたら、すぐに今度はアメリカに面接に行くとか。もともとは、三ヶ所の大学が、この冬の学校中の同じ日に、面接をしたいと言ってきたらしく、なんとか予定を調整したのだそうだが、大変なことだ。

ともかく、昨日は講義は昼まで。午後は僕はまずは ATLAS の見学会に参加。その後は spires.app の関係で inspire-hep の開発チームの皆さんに呼んでいただいたので一時間ばかり歓談。その後は Skype で議論。

そうすると夜になって、冬の学校の世話人と講師とで食事に行く、本場のチーズフォンデュをいただいた。僕はフォンデュは初めてだったが、いろんな材料をチーズにつけるのかと思っていたら、ひたすらパンを食べるようである。

10時頃宿に戻ると、たらふく食べたのと、お酒が回ったので、すぐに寝てしまう。朝は七時半に起きる。


Feb 14 08:17, Genève

どれかがモンブランだそうだけれど。

昨日は二コマ目の講義。初日より英語の口が回った気がする。

折角冬の学校に来ているのだから、きちんと他の講義のノートを取ろうと思っていたのだが、初日はきちんとしたものの、二日目は徐々にいい加減になってしまった。その他、空き時間にいろいろ議論のメールのやりとりをする。

夜は研究所の食堂で冬の学校の夕食会、これまたなかなか美味しい。夜十時頃お開きになって、宿舎にもどってすぐ就寝、今朝は六時すぎに起きる。

さて、以前からの知人の ? と # は夫婦でアメリカで同じ大学で弦理論をやっているのであるが、今回は産まれて三ヶ月の息子をつれて三人でジュネーブまで冬の学校の講師をしに来ている。なんとまあ肝の据わっていることだ。


Feb 13 07:48, Genève

研究所から望む山並。

昨日は八時頃に起床、午前中には講義の一コマ目。英語がどうも随分下手になった気がしている。

昼食は研究所の食堂でハンバーガー、中々おいしい。しかも、大きくてお腹が一杯になった。12スイスフランだから日本円にすると1400円ぐらいか。研究所の食堂の普通のメニューでこれなので、日本の物価は安い。

他の講義はなかなか面白く、勉強になる。

夜はレセプションがあるが、時差ぼけで非常に眠かった。八時頃部屋に戻ってすぐに夢の中。

ぐっすり眠って、朝四時頃気持ちよく起きた。飛行機の中で採点したレポートの成績を登録しようとおもったら、半分強しかまだやっていないことがわかったので、残りも採点、登録まで済ませる。

その後はいろいろと議論のメールに返事を書く、等。


Feb 11 22:03, Genève

Vol de nuit.

さて、コペンハーゲンを回って頑張って CERN まで来た。

それほど揺れず、快適な空の旅。大学での講義のレポートの採点をした。また、ブレードランナーの新版を見る。悪くない。

ジュネーブの空港では知人にあって、何の問題もなく研究所に到着。しかし時間がかかったので疲れた。寝ることにする。


Feb 10 23:17, Tokyo

今朝は僕が目覚めると既に娘と奥さんは大騒ぎしながらプリンを作っている。

僕が朝食をとっているとプリンは蒸された。そこで僕は娘をつれて少し離れた児童館まで行く。そちらでしばらく遊んだ後、奥さんのご両親がいらしたので、娘を渡して僕は家に戻る。

そうして明日からの出張のためのスーツケースを詰めるなどする。

娘は二時ごろ祖父の肩に抱かれて眠って家に帰ってきたが、僕が娘を布団にうつそうとしたところで目が覚めてしまった。

皆でプリンを食べる。本物のプリンの味がする。

昼寝の時間が三十分ほどだったので、夕食のころにはすでに娘はうつらうつらとしているが、寝そうになるたびに「絵本を読んで!」等頑張って起きる。結局寝たのは十時。


Feb 10 00:00, Tokyo

今日は娘を保育園に連れて行ってから、駒場へ。博士論文審査の報告をあちらの会議でせねばならなかったから。

代々木上原の駅の近くに洒落たコーヒー屋が出来ていたので、持ち帰りでカフェラテでも買うかと思ったら、持ち帰りはやっていないようですごすごと引き下がった。途中、以前良く行っていた美味しいパン屋さんでカフェラテを買う。こうやって時間を無駄にしたため、会議に数分遅刻する。これはいけない。

他の博士論文の内容の概要を聞くのは勉強になる。

昼前には会議は終わって、事務室に書類を提出、書籍部でちょっと本をみた後、駒場図書館で仕事をする。数日ほうってあった事務的なメールに沢山返事をして、あとは講義の準備のつづき。

ようやくひと通りおわったので時計をみたらもう二時前、構内のパスタ屋で遅めの昼食、その後は駒下の古本屋に行く。ようやく買うものを決めてお店のおばあさんに渡すと、ちょうどレジの横に素敵な絵本が置いてある。「これは新品ですけどそれでもいいですか」とお店の人はいう。勿論それでも構わない、娘に買って帰る。

あとは家に早めにもどる。娘のお迎えは今日も義両親がやってくださるというので、のんびりする。

そこで、昨日のつづきの考え事。すると昨日話を聞いてもらった = からメールがあって、やはり去年および三年前に論文があるようだ。論文の著者は案の定 % やら & やらで、なかなか彼らには追いつけない。

娘は絵本を気に入ってくれたようで、良かった。昼寝が短かったようで、夜も10時には寝てくれた。


Feb 8 23:28, Tokyo

今日も娘を保育園につれていく。家を出る時は母親からどうもなかなか離れたがらず、保育園に置いてくる際にはどうも僕から離れたがらなかった。

兎も角、柏へ。講義の準備と少々事務的がある。しかし、昨晩すこし面白いことに気が付いた気がしたので、移動中および午前の間はそれを考えることにする。

昼は % のランチセミナーを聞く。その後は @ と昼食に行って最近彼のやっている話を聞く。その後はすこしだけ講義の準備をする。

お茶の時間は思いついたことについて色んな人に聞いてもらう。本当ならば三十年前に知られていてよい話だが、? さんが知らないというので、どうもおかしい。

その後は # 君と議論。今晩は娘を拾うのは奥さんのご両親にお願いしたので、学校に普段より遅くまでいたのだが、それでも帰る時間が来る。丁度建物の出口で * とあったので、駅まで議論しながら帰る。

帰り道はさらに考え事の続きをする。家でも家事をしながら考え事の続きをする。

娘はここ数日は寝る前の抱っこは僕でもよいことにしたらしい。こうやって抱えて揺すりながら寝かせるのは随分懐かしい。産まれてすぐはよく抱いて寝かせていたのだが、いつだったからか母親でないと駄目になっていたから。


Feb 7 23:35, Tokyo

娘を保育園に連れて行って、今日は本郷へ。柏に行くと学生さんやポスドクさんと楽しく議論をしてしまって講義の準備にならないのである。

というわけで、講義ノートの続きを書くが、一日かけて三コマ目の一時間分しか出来ず。判っているつもりのことでも、人に説明しようと思うとなかなか難しいものだ。講義をする機会を貰えるのはこうやって自分の理解を試す機会でもあって、とても有り難い。

まあしかし、あと一時間分だから、なんとかなるだろう。

今日はすこし早めに家に戻ってから、娘を迎えに行く。


Feb 6 23:21, Tokyo

柏の葉の夕暮れ。

娘を保育園につれていって、自分は柏へ行く。

昨晩は娘がしばしば起きたので眠く、電車のなかでぐうすか寝る。

あちらでは昨日講義の準備をしていて判らなくなったことを $ さんに聞いたりする。

午後は # のセミナー。その後はすこし ? 君と議論。

娘を拾って、家に戻る。


Feb 5 23:52, Tokyo

夕陽と黒雲。

娘を保育園に連れて行って、今日は本郷まで歩く。

一日机に向かって、講義ノートを書く。とりあえず全部で四時間のうち二時間分を書いた。

保育園で娘を拾って、家に戻る。先週月曜とちがって今日はすこぶるご機嫌は良かった。しかし夜は十一時半まで起きていた。


Feb 5 00:18, Tokyo

土曜は義父の誕生日祝いということで、奥さんの御実家に、奥さんの弟さんご夫婦もいらして、賑やかな一日。

日曜の朝になって、自分の家に戻ってくる。今日は娘は昼寝をしなかったので、夕食を食べる頃には目が閉じはじめて、六時半には寝てしまった。

その後は静かな夜が訪れるかと思いきや、九時半に目が覚めて、結局日付が変わるまで起きていた。いやはやだ。


Feb 2 23:43, Tokyo

ごんぶくろ池公園も薄く雪化粧。

昨晩遅くから雪。今朝はまだ案外降っている。屋根と土には積もるがまだアスファルトには積もらないといったところ。

娘は長靴を履いて傘を指してのお出かけで、大喜びだが、雪が顔に吹きつけて「さむい!」と言っている。保育園につくとちょうど先生方が小さなおかきを配っている。いつもは教室中を走り回っている一クラスの幼児達が全員部屋の一隅に集まっていて、壮観だった。池の鯉に餌をやっているようだ。

柏に行って、一日論文の原稿を弄る。

昼には雪は止み、夕方には晴れ間も見えはじめる。きりのいいところまで書いたので、のんびり家に向かう。柏の葉公園のまわりはそこらじゅう道路工事である。

娘を拾って帰る。ふだんは「だっこ!」というので抱えて帰らねばならぬところ、今日は長靴を履いて、傘を持って、自分から楽しく歩いてくれたので拍子抜けするぐらい楽だった。


Feb 1 23:59, Tokyo

今朝も娘を保育園に連れて行って、柏へ。

あちらでは考え事、昼は @ さんのランチセミナー。その頃には小雨が降り出す。

その後は昨日の予定通りお茶の時間まで ? さんと * と議論。何か新しい方向性が見えたかもしれないが、さて。

その後はしばらく論文の原稿を弄る。昨日と同じ時間に学校を出たが、バスが待てども待てども来ず、二十分遅れで二台まとめて来た。まあ、娘を拾うのは奥さんのご両親に頼んであったので、今日は気楽だったのだが。

ちなみに、娘は今日は全然別のひらがなを指さして「ままのま!」と言っていたので、わかっているわけではないらしい。

さて、家についた際、集合住宅の玄関まで来ると、宅急便を配達に来た人が丁度インターホンを押していたのだが、それを横目にエレベータで僕は自分の部屋まで上がった。すると、次のエレベータでその宅急便の配達の人がうちまで荷物を届けに来た。これは非常に申し訳ないことだった。これぐらい、待てる余裕があるべきだった。


Feb 1 00:17, Tokyo

今日も今日とて娘を保育園に連れて行き、柏へ行く。

あちらではここ数日滞在中の ? さんに最近及び以前やっていた話を教えてもらう。どうも、うちの数学のポスドクの * とやっていることが近い気がするので、明日もう一度彼も交えて話をしてみようか、ということになる。

その後はお茶の時間からしばらく # 君と $ と楽しく議論。$ はしばらく見ないなと思ったら台湾に行っていたらしい。

今晩は娘のお迎えを奥さんのご両親に頼んだので、すこし論文の原稿を弄って、共同研究者に送って、帰宅。

幸い夜になって空が晴れ、綺麗に月蝕が見えた。娘も不思議そうに見ていた。

娘は最近随分文字に興味が出て来た。絵本を読む際に「これは?」と聞くので、教えていたら、今日の帰り道では道路の「とまれ」の次を指さして「ま!」と言っていたらしい。