Nov 30 23:37, Tokyo

大銀杏の黄葉はこれから。

昨日の本郷キャンパスの銀杏が綺麗だったので、今朝は家族で出掛けてくる。以前娘を連れていったときは「まっきいろ!」と大興奮だったのだけれど、今日は「どんぐりがない」と不満げ。結局奥さんがどんぐりの木をみつけてその下で沢山どんぐりを拾ったので機嫌を回復。風に吹かれて降り注ぐ銀杏の葉に日の光が射して黄金色に輝くのには流石に「きれーい」との感想。

昼前に家に戻って、昼食。その後は娘は最近ディズニー映画にはまっているので人魚姫を見せた。僕は昼寝をさせてもらう。

その後は夕方にまた家族で日用品の買い物。娘に折り紙を買う。毎日沢山折るのでどんどんなくなる。

夕食後は息子も娘も何故か大興奮していたが、九時過ぎには遊び疲れて寝た。奥さんと後片づけ等。さきほど奥さんが寝にいこうとすると丁度娘が咳き込んで起きてしばらく夜泣きをして、そのため息子まで起きたが、なんとか寝かしつけたところ。


Nov 29 22:58, Tokyo

夕暮れの本郷キャンパス。

今日は久々の晴れ。朝はそのためいつもよりさらに冷えたが、太陽の光は良いものだ。娘を保育園に三輪車でつれていって、家に戻ると、ちょうど奥さんが息子をベビーシッターに預けて出勤するところ。途中まで一緒にゆく。

僕はまず区役所に寄って息子の保育園の入園申込書を提出する。その後区役所の喫茶店で勉強。

昼前に本郷キャンパスまで行き、生協で昼食後は、総合図書館でパソコンを開いて用事をする。

二時からは先週の血液検査の結果を大学の保健センターまで聞きに行く。特に問題ないらしい。また、先月の健康診断は四十になってはじめてのものだったので、心電図検査があったのだが、これで小さい頃からの心電図異常が当然再確認された。再検査をするようにとの健康診断の結果なので、小さい頃に問題ないと結論ついたものではあるらしいが、三十年ぶりぐらいにみてもらうのは意味がなくはなかろう。というわけで、大学病院に紹介状をかいてもらう。

紹介状を保健センターで受け取る際、予約の電話はなかなかつながりませんよ、と言われたこともあり、大学病院もすぐ近くなので、まあ列が長ければ論文でも読んでいようと思って直接行ってみる。すると、人はごったがえしているものの予約窓口はがらがらで、すぐに予約がとれて拍子抜けだった。

これで三時半頃、また総合図書館に戻って仕事のつづき。娘を保育園に迎えに行って、帰宅。ちょうど細い新月が見えた。息子も娘も九時すぎには寝た。その後しばらく奥さんは仕事をしている。僕は後片づけ。


Nov 28 23:36, Tokyo

晩秋の柏キャンパス。

今日は冷たい小雨が降り続く。娘を保育園に連れていって、柏へ行く。

あちらでは少々仕事をする。数学者に問い合わせのメールを書く。

昼はそろそろ日本を発つ #生協に行った。

早めにのんびり帰宅。ちょうど # と建物の出口で一緒になったので、駅まで雑談しながら行く。彼はうちの研究所を気に入ってくれた。

今日もやることを抑えたので、夜も横にならずに済んだ。子供たちと奥さんは九時すぎには寝た。僕は紅茶を飲みながらのんびり後片づけ。


Nov 27 23:00, Tokyo

今日は僕が午前のあいだ息子の相手をし、午後は奥さんの担当。夕方は娘を保育園に迎えに行った。

ここ数日息子と長時間触れ合っているので、急に僕にも懐いてくれている気がする。母乳が欲しいときは息子は「ぱーぱい」といっていたのであるが、最近は「ぱーぱいじゃ」と「じゃ」が付くようになった。お茶が欲しいときは「ちゃ」というだけであるが。寝る前にうとうとしはじめると何だかよくわからないことを喋っている。


Nov 26 23:13, Tokyo

今日は寒い寒い。僕は娘を保育園につれていって、朝に仕事をすることにする。

昼からは息子の相手。また、その後保育園にいってクラスの担任の先生方と面談。話を聞いていると家よりも随分お利口にやっているらしい。なんだか安心した。

途中から奥さんのお父さんに来ていただいたので、何とかなった。


Nov 25 22:13, Tokyo

今日は暖かい。今日はベビーシッターさんの都合がつかなかったので午前は僕、午後は奥さんが息子の相手をする。というわけで朝は奥さんは娘を連れて保育園に行き、そのまま会社へゆく。入れ違いで奥さんのお父様も助けにきてくださる。

息子に昼ご飯を食べさせた所で奥さんに引き継ぎ。僕は出掛けて仕事。パソコンを開いて気がついたら二時間半経っていた。$ と # との論文を仕上げているのであるが、彼らは二人ともポスドクに応募中であり、その締切がうちの業界では全地球的に十一月末日であるから、それまでに何としても仕上げる必要がある。彼らは優秀で、ほうっておいたらほぼ満足出来る原稿は出来てくるのであるが、まあそれでも僕には納得出来ない箇所もいろいろあるわけで、推敲していると瞬く間に時間は過ぎる。

今日は暖かかったので夜になっても調子が良かった。子供たちは九時前に寝た。


Nov 24 22:39, Tokyo

昨日の午前は調子が良い。家族で買い物に行く。家に戻って奥さんのつくってくれたうどんを皆で食べる。息子が寝たので僕は昼寝、奥さんと娘は外に出かける。

と、ここまでは良かったのだが、息子が起きて僕も起き、奥さんと娘が帰ってきたあたりで調子が悪くなり、結局何も出来ず寝ていた。昼寝のときに、すでに沢山服を来ていたのに加えて羽毛布団を掛けて寝たのが良くなかったろうか。良く判らない。食事の後片づけなども全部奥さんに頼んでしまって申し訳なかった。

朝まで寝たので今朝は調子は多少ましになる。その後徐々に回復する。しかし昨晩から僕が何もしていないからそのかわりに奥さんが疲れて大変。仕方がないから娘にはディズニーの映画ばかりみていてもらう。丁度保育園でアナと雪の女王が流行っていたから娘は食い入るように見ていた。

夜にはまあ昨日の朝ぐらいまで調子が戻る。子供たちはすっと寝た。


Nov 22 23:38, Tokyo

今日は雨。娘を保育園に連れていった後は本郷に行った。

仕事としては、研究関係のメールに返事をする、少し前に査読を終えた論文の返事をしたためて雑誌編集部に送る、など。

それに加えて、遅ればせながら大学の保険センターに行ってみた。とりあえず血液検査のために血を抜いた。来週また来てくださいとのこと。

今日は仕事量を抑えたので、家に戻っても大丈夫だった。それとも血を抜いたからだろうか。ヨーロッパでは二百年ほど前までは瀉血が標準的な治療法だったはずだ。

子供たちは非常に穏当に寝た。


Nov 21 23:37, Tokyo

研究会場。

今日は娘を保育園に連れていってから慶応まで研究会に行く。今日は話を聞くだけだから気が楽である。

昼は慶応の $ さんが駅前の沖縄料理まで連れていってくださった。昨日行った教職員食堂よりおいしい。一緒に %、= 君、+ 君、という組み合わせ。+ 君は僕の旧友の @ 君の学生だそうである。

これをきっかけに休み時間に + 君といろいろ話をした。

帰り道、日吉駅を背景に、夕焼けの淡い色のうつくしいこと。薄紫からほのかな橙色へ、素敵だ。

家に帰ったらちょっと疲れた。今年はなかなか全快しない。今日も含めて、頻繁に奥さんのご両親に助けに来ていただいているので家庭は回っているが...

子供たちと奥さんは九時半ごろには寝た。その後、残った家事をのろのろとする。


Nov 20 23:41, Tokyo

今日は慶応まで研究会に行く。娘は奥さんが保育園につれていってくれた。

日吉キャンパスは駅に隣接していて至便だ。研究会は来往舎という新しい建物で行われる、といっても調べたら 2002 年に出来たらしいけれど。

自分の話は午後。はじめは元気が無かったが、話をしていると興奮してきて、一時間あっというまに経つ。いろいろと質問もしていただけて良かった。長らく会っていなかった旧友とも再会。

家に戻ってくると少々疲れた。幸い奥さんのご両親がきていらしたので、僕は夕食まで休憩させてもらう。あとはまあぼちぼち家事をする。

娘はピアノに行って集中力を使い果たしたようですぐ寝た。息子はすこし夕寝をしたとかですこしく寝室を歩き回っていたが、それでも娘のすこしあとに寝た。


Nov 19 23:20, Tokyo

今朝は娘は楽しく保育園に行く。いつも三輪車で行きたがるのは少し面倒なのだが、今日は三輪車で行くなら保育園に着いた所で、靴を脱いだままでなく靴箱に入れる、自分から手を洗うなど、いろいろな準備をきちんと自分でやってくれ、ということにしてみた。そうすると案外素直にやってくれた。この調子で明日以降もやってくれれば良いが。

こちらは柏へ行く。ここしばらく研究にかまけていて事務的な用事をうっちゃっていたので、今日はそれを処理することにする。すると三時のおやつを逃した。三時の鐘からすぐに広場に行かないと、その日のお菓子は瞬く間に食べ尽くされてしまう。

帰り道では研究のつづきの考え事をする。先週末に特定の場合では出来たので、あとはある一連の分類空間のコホモロジーが判ればよい。が、答えが載っている文献がいくら探してもない。専門家に依頼すべきか、悩ましいところだ。

家に戻ると丁度子供たちが風呂からあがるところ。それを手伝って、夕食をたべて、としたところで限界になって、数日ぶりにまた布団に横になってしまう。通常なら食後の片づけは僕の担当なのであるが、それも奥さんにやってもらって、奥さんが子供たちを寝かせるときに僕も一緒に寝てしまう。僕は十時ごろ起き出して、残った後片づけをする。


Nov 18 22:54, Tokyo

今朝は娘は早く目が覚めてしばらくご機嫌が斜めだったが、保育園にいくころには機嫌がよくなった。三輪車で連れていって、僕は柏へ。

柏では午前中は水曜の講演のファイルを調整。昼食に行こうと % が呼びに来たが、ふさふさだった口ひげとあごひげをすっかり剃っていたので誰かしばらくわからない。午後は # くんとずっと議論。途中 ? さんのセミナーにも出席。

赤ちゃん本舗でいろいろ頼まれたものを買ってから帰宅。今日も仕事を抑えた甲斐があったか、家に戻っても横にならずに済む。子供たちと奥さんは九時半には寝た。


Nov 17 23:36, Tokyo

週末はいい天気が続く。土曜は午前遅くから奥さんは子供たちをつれてご実家へ行く。僕は家に残ってぐうたらさせてもらう。まあ一応ベランダで時期がおわって枯れかけていたオシロイバナを花壇から抜いたりはした。夕方には奥さんのご両親も一緒に皆が戻ってきて、賑やかな夕食。

日曜は午前中は家族で公園に遊びに行く。大木の下にどんぐりが沢山落ちていたので子供たちは大はしゃぎ。その後息子が眠くなってベビーカーで寝たので、奥さんが連れて帰る。僕は娘と遊具でしばらく遊んでいて、そろそろ家に戻ろうかとすると保育園でのお友達と遭遇、それからしばらく一緒に走り回って遊ぶ。

家に戻って昼食後、奥さんは昼寝。僕は娘と遊ぶ。しばらくして息子がようやく起きたので息子に昼ご飯をあげようとしていると奥さんが起きてきてくれて替わってくれた。今度は僕が昼寝。僕が起きたあたりに奥さんは息子と娘をつれて再度公園に出掛ける。僕は娘の保育園の上履きを洗うなどする。お風呂も沸かしておいたら、ちょうど携帯に奥さんから、子供たちは砂場で泥だらけになったからお風呂を沸かしておくようにとの連絡があった。

子供たちはお風呂に入って、お腹が減ったというので夕食を出来た所から食べさせる。子供たちに食べさせおわった所で僕は疲れて横になったが、布団で二十分ほど寝ると快復した。子供たちは一日二回も公園で遊びに遊んだので、息子は八時前に、娘も八時半には寝てしまった。

そのあとはのんびり過ごす。奥さんも九時半には寝た。僕はのこりの家事をゆっくり済ませつつ、読書など。


Nov 15 23:15, Tokyo

本郷キャンパスの朝。

今日は娘は楽しく保育園に行く。

その後は本郷へ。朝は理学部図書で論文の原稿にさらに手を入れる。まあほぼ定常状態に達して来たか。気がついたら一時ごろ、案外疲れた。地球の裏の共同研究者に原稿を送って、食堂に行く。

改装なった中央食堂では昔にくらべて随分いろんな国の人がご飯を食べているように思う。

午後はキャンパスをふらふら歩いて、来週の慶応の研究会で何の話をするか考える。結局早春に学習院で日本語で話したものを英訳することにする。総合図書館で二時間ほど作業をするとまあざっと訳はおわった。まだ改行等を調整しないといけないが。購入願いを出していた図書が入ったという連絡があったので、それを借りて建物をでる。

久しぶりに本郷の素研に顔を出して、家にかえってくる。そちらでは学生さんが学振の面接の練習をしている。

今日も家に帰っても横にならずに済んだ。子供たちは問題なく寝た。


Nov 14 23:17, Tokyo

柏キャンパスの秋。

昨日はまず娘をつれて保育園に。三輪車にのせて楽しく到着したまでは良いが、降りてちょうだいと何度言っても一向に降りず、仕方がなくひきずり降ろしたら膝をちょっと道で擦ったらしく大泣きさせてしまった。そこを同クラスのお母さんがお嬢さんを連れてきた所に目撃されてしまう。

まあ兎も角僕は本郷へ。半日かかって木曜の講義の準備をする。

娘のインフルエンザの予防注射の日なので、すこし早めに戻って、娘を保育園で拾って、お医者さんに連れてゆく。その後は注射をがんばったご褒美に娘におやつを買う。

ここまでは良かったが、良い秋の日なのでつい学校から保育園まで歩いてしまったのが良くなかったのか、しばらく家で疲れて横になった。まあ夕食のあたりには回復した。

帰宅途中、岩波文庫の「史記世家」上巻の古本を一冊購入。状態は悪くないのに、なんと五十円也。まあこんなもの上巻だけ買ってどうするというものではある。

今日は奥さんの出社がすこし遅くてもよいそうで、奥さんが娘を保育園に送る。息子の散歩も兼ねて息子も連れていってくれた。僕はそのかわり朝食の片づけ、ルンバの起動などして、柏へ行く。

あちらでは一時から講義。今日は二時から避難訓練だから、はじめから一時間の予定で準備したので、ちょうどそこまで話せた。

その後はすこしだけ論文の原稿を弄る。仕事をし過ぎないように気をつけて、早めに学校を出、時間は掛かるがなるべく歩かなくて良い方法で帰宅。そうするといつも通りの時間に家に着いた。無理をしないよう気をつけたからか、今日は家に戻っても横にならずに済む。

ここしばらくは子供たちは寝室に入れば案外すっと寝ていたのだけれど、今日は何故か母親の体の周りで姉弟で楽しく転げ回ってなかなか寝ず。十時すぎまで掛かった。僕は途中で諦めて家事に戻った。


Nov 13 01:17, Tokyo

今日は奥さんの薦めにしたがってカッターシャツは止めてタートルネックにしてみる。セーターも綿のを止めて毛糸のものにした。

今朝は娘は楽しく保育園に行った。その後は僕は本郷へ、引き続き論文を調える。一日作業してまあ第 0 稿にはなったかと思う。理学部図書も学生さんで案外混んでいるのであるが、隅に大きな机で何故か誰もいないところがあったのでそれをずっと使っていた。帰りにふと本棚をみると、満州帝国地質調査書彙報なる崩れかけた冊子がいくつか置いてあった。

途中すこし第二食堂の上の共用音楽ホールにピアノの練習に行ったら、バイオリンを練習している学生さんがいて、まあこれが上手なこと。自分が練習するのは止めにして、聞きほれてしまった。

家に戻っても今日は横にならずに済んだ。しかし奥さんと子供たちが寝た所で家事がおわっていないのに僕も寝てしまう。十二時ごろに娘が夜泣きをして僕も目が覚めたので、起き出して片づけをする。日記を書いて寝る所。


Nov 11 23:31, Tokyo

今朝は娘を保育園に連れていって、いちど家に戻り、昼まで論文の原稿を推敲する。最近コーヒーは体調に悪い気がして止めているのであるが、そのかわりどうしても紅茶が飲みたくなった。しかし家に切らしていたので、スーパーまで行って買ってくる。

昼に本郷に行って、第二食堂で昼食。その後は十五分ばかりピアノを弾いてみる。娘が生まれた前後に良く弾いた曲。

あとは物理図書に籠って日が暮れるまで原稿の推敲を続ける。

家に帰ろうと思って建物をでたら雨が降っていてびっくりした。仕方がなくまたビニール傘を買う。途中雨が強くなったので古本屋に入って一冊本を買う。

家に戻るまでは元気なつもりだったが疲れが出て布団に横になる。今日は仕事量を抑え、かつ、最近家に戻ると疲れて動けなくなるのは気晴らしをしていないからではないかと思って、紅茶も買ってピアノも弾いて古本屋にも行ってみたのであるが、効き目はなかった。幸い奥さんのご両親がきてくださっていたので家庭は何とか回った。僕も一時間もすると動けるようになった。

奥さんと子供たちは九時半には寝た。僕はその後のろのろと家事。その後はまた論文。


Nov 10 23:58, Tokyo

木曜朝は三輪車で娘を保育園に連れていったのでは無かったか。学校では昼食会で文献紹介をする。なるべく端折って説明したつもりだが、早口でやっても持ち時間ぎりぎりの一時間十五分かかった。

昼食は % と @ 先生とうどん屋に行った。その後は三時から = 君と少々議論。

木曜は家に戻っても調子は悪くならず普通に過ごした。子供たちが寝たあと奥さんといろいろ雑談していた気がする。

金曜朝も三輪車で娘を保育園に連れていったのでは無かったか。僕は学校に行って、午前中はここしばらく考えていたことに関して計算。午後は + と # との論文を彼らのポスドク応募の締切までに仕上げようと原稿の調整を頑張る。彼らが書いてくれた第 0 稿があるのだが、沢山修正すべき点がある。

一日真面目に働いて家に帰ったら、急に疲れが出て、夕食後に動けなくなって風呂にも入れず、朝まで寝てしまった。

この週末は随分以前から娘と二人で大阪の実家に帰省しようという話をしていたのだが、娘はまだ母親と離れて寝るのは怖いということになったので、僕だけ数日帰省し、奥さんおよび子供たちは奥さんのご実家に泊まりに行く事になっていた。しかし、僕は土曜はとても新幹線に乗れる体調ではなかった。奥さんと子供たちは予定通りご実家に。僕は家で寝ている。

土曜夜はまだ多少ふらふらするが、僕もご実家まで行って暖かい夕食をいただいて、家に戻ってくる。

日曜朝にはまあ体調はもとに戻ってきた。しかし家で静かにしている。昼には奥さんが足りないものを一度取りに来てまたご実家に戻ってゆく。

夜は久しぶりに焼きそばをつくってたらふく食べた。

この体調が突然悪くなるのには弱る。例年秋になっている気がする。どのくらい前からこの症状が出るようになったのかはあまり記憶がないが、結婚する前に奥さんの前でこれをやらかしてびっくりさせたことがあるので、日本に帰ってきた頃にはときどきなっていたのだろう。


Nov 6 22:56, Tokyo

今日も娘を三輪車で保育園につれてゆく。その後は本郷へ。今日は昨日より暖かい恰好をする。

図書館に籠って、論文の原稿を弄る。また、明日の文献紹介の準備をする。昼食は赤門脇のカフェで食べたが、ちょっとパスタがしょっぱかった気がする。

日が暮れかけた所で家に戻って、娘を保育園に迎えに行き、ピアノに連れてゆく。

家に戻ったら体が冷えてしまって、ちょっとへばっていた。幸い奥さんのご両親がいらっしゃっていたので家庭は回る。ご両親が帰る頃には僕も回復する。奥さんと子供たちは寝てしまって、僕は後片づけ。

それが終わったら、文献紹介の準備がすこし残っていたので、それを済ませたところ。

しかし例年秋が深まってくるとこうやって家に戻ると体が冷えてしまってしばらく辛くなることが起こる。もうちょっと早めに暖かい恰好にしたほうがよいのかもしれない。今は家に帰ったら奥さんがあれやこれやと暖かい服をだしてくれたのでそれを着ている。


Nov 5 22:06, Tokyo

柏の夕暮れ。秋晴れの研究所。

娘の癇癪は長らくおさまっていたのだが、昨晩嫌な夢を見たのか、突然夜中に寝床で暴れ出した。周りの人を蹴って危ないので、抱えて寝室から連れ出して落着かせようとしていたら、しばらくして奥さんが息子を抱えてでてきた。息子が起き出して奥さんを起こして、寝室の扉の外を指さして、おねえちゃんが連れ出されたからあっちへ助けに行こうといいたげだったらしい。姉はようやく落着いて、息子は満足してすぐに寝た。我々もしばらくして寝た。

さて今日は秋晴れの美しい日。朝、ふと、ここしばらくのんびり考えている話を解決する方針がわかった気がした。そこで、娘を保育園に連れていったあと、柏へ向かいながら考えはじめた。今日はしないといけないことがいろいろあるのだけれど、あと少しでわかるからと考えていたが、なかなかそうはいかない。

午前中は # 君の文献紹介を聞き、皆さんと昼食まではよかったが、その後は久々に真剣に考え事をしてしまい、良く無いことだがお茶の時間もセミナーを聞きにいくのも放棄してしまい、帰り道もひたすら考えて、家に着くまで考えていたら疲労困憊した。五時間ぐらいであるが... そうして結局解決しないのだから話にならない。

暖かい夕食をいただいてしばらく休憩すると回復する。やらないといけない仕事にも家事にも支障がでて、よくない。

今日は息子と奥さんが先に寝た。その後娘はしばらく工作、それでも九時半には寝た。


Nov 4 23:01, Tokyo

昨日は曇り時々雨。奥さんのお母様のお誕生日なので、朝から奥さんと娘はアップルパイを焼いて、昼から皆で奥さんのご実家に出掛ける。あちらでは奥さんの弟さんのご一家もいらして、大騒ぎ。そんななか、息子は赤ちゃんなので昼寝するのであるが、その横で僕も昼寝をさせてもらった。泥のように寝る。夕方うちに戻ってくる。

今日は秋晴れ。午前中は奥さんは息子をつれてスーパーに、僕は娘を連れて百均まで折り紙やらお絵描き帳などを買いに行く。最近すごい勢いで使うので、頻繁に買う必要がある。昼食後は今日は奥さんが息子と昼寝。僕は娘と外に遊びに出かける。

今日も子供たちと奥さんは九時ごろには寝た。


Nov 2 23:27, Tokyo

今日も素敵な秋の日。まずはスーパーに家族で買い物に行って、その後は近所のご家族と一緒に植物園までピクニックに出掛ける。娘のお友達がジップロックを手に「私チョウチョ捕まえる!」といって、本当にシジミチョウを捕まえていたのには皆がびっくりした。

僕は息子が寝た所で家につれて帰る。僕も一眠りしようと横になったらぐっすり寝てしまった。夕方に奥さんが娘を連れて家にかえってきた所で息子も僕もようやく起きた。

娘は大はしゃぎして疲れたらしく、しばらく話をしているうちに床で突然寝てしまった。息子は一体姉はどうしたのだろうと思って周りを歩いて怪訝そうな顔をしている。息子はまだあまり言葉をしゃべらず、言えるのは「いや」「いたい」「ぱい」「まま」ぐらいだが、身振りと表情で意思を伝達するのを頑張っており、ころころ変わる顔をみているのは面白い。

一時間ほどで娘を起こして、あとはまあ穏当に夜まで過ごす。奥さんも子供たちも九時には寝てしまった。僕は家の片づけ、足りないものをスーパーに買いに行く、など。


Nov 1 22:54, Tokyo

柏の夕暮れ。

今朝も娘は走って保育園に行く。頑張って追いかける。秋晴れの素敵な日。

柏の葉の駅までつくと + 先生とご一緒したので、バスで雑談をしながら学校まで行く。

午前中は考え事。昼は $ とキャンパス端の鮨屋に。その後は原稿をすこしばかり書く。

三時からは # 君と議論。長らくやっていたが、ようやく一段落したので、あとは彼に論文にまとめてもらうだけだ。四時半ごろからは @ 君とすこしだけ議論。

五時になって建物の外に出ると、なんとまあ美しい夕焼けだろう。三日月が輝いて、その右下にかすかに木星が見える。

家に帰ると今日は奥さんがハンバーグをつくってくれていて、子供たちにも大好評だった。