Sep 21 22:52, Tokyo

今日は娘と歩いて保育園に行こうと思ったら結局ずっと抱っこだった。

普通に学校へ、パソコンにむかってただただ書く。

昼は数人で久々に大学内の寿司屋に行く。その後は # 君のセミナー。

お茶の時間は $ と ? 君と議論のような雑談のような。

あと少し書けば講義ノートがきりの良いところまで行く、とおもって机にへばりついていると、駅につくのがすこし遅くなり、ららぽーとで和菓子を買っているといつもの電車を逃す。次の電車はいつもより六分おそいだけなのだが、のりかえのバスをひとつ逃したのと、道が渋滞していたのとで、家に戻るのは三十分遅くなった。


Sep 21 00:00, Tokyo

今朝は曇って涼しい。娘と歩いて楽しく保育園まで行くが、先生に預けたところで泣きだした。

あちらでは昼食を同僚と食堂に行く以外は、部屋に籠ってひたすら講義ノートを書く。

まあ、第一回のぶんは何とかなりそう。勿論、そうでなくては困る。


Sep 19 22:51, Tokyo

夕暮れ。

今朝は普通に娘を保育園につれていって、柏へ行く。

柏では ? 君があらわれたので物理の議論兼雑談。

あとは講義の準備。すくなくとも講義のホームページは作った。また、Serre の「有限群の線形表現」を借りてきた。

奥さんは昨日はうまく眠れなかったらしく、娘は今日は保育園でうまく昼寝できなかったらしく、ふたりで九時半ごろ寝てしまった。僕だけ起きている。


Sep 18 22:41, Tokyo

今朝は起きると既に暑い。というわけで水族館に行くことにする。

その後は奥さんのご実家に寄せてもらって休憩。夕食後に家に戻ってくる。

夕方、娘と公園で遊んでいると、娘がやっと手の届く鉄棒にぶら下がって楽しそうにしていたのだが、それをみて僕は逆上がりが結局出来なくて嫌だった小学校の体育のときのぼんやりとした記憶を思い出した。

僕は結局泳げなかったし、バットを振ってもボールには当たらないし、バスケットボールもルールにしたがってドリブルをしながら歩くことも結局決して出来なかった、など、体育にはいい思い出が無い。

まあ中学高校のあいだは体育にあまり重点のおかれない学校に居たからまあ良かったが、大学に入ってまた幾つか体育の時間があって、抽選の結果生憎集団競技にあたってしまった学期は、非常に憂鬱だった。同じチームの誰かに「さぼっていないでちゃんとやってくれ」と言われて、僕はさぼっているのではなくて出来ないのだ、と、独り言を言って憤ったような記憶がある。

同様の嫌な記憶を机に向かう学問に対して持っている人も沢山いるんだろうと思う。

そういう反省から,僕は自分の学生さんや共同研究者には「どうしてこれが出来ないんだ」とは言わないことにしているつもりだけれども、実践できているかどうか。

まあ兎に角、娘が鉄棒からぶらさがっているだけでこういう考えが頭をぐるぐると巡るのだから僕の幼い頃の経験は余程トラウマティックだったのだろう。


Sep 17 23:31, Tokyo

昨日は朝食後どうも起きていられずまた布団にもどった。その間に奥さんは娘と準備をしてご実家に遊びにゆく。

僕は少しして何とか起きだして、軽く家の掃除をルンバにさせてから、昼からあちらに合流。

あちらではぐうたらさせてもらって、久々にすこしピアノの練習も出来た。夕食をいただいて夜にこちらにもどってくる。

今朝は朝食時に明日は何故休みなんだろうと話をしていて、敬老の日であることを失念していたのに気が付く。というわけで三人で今日は街に出て、祖母に遅ればせながら花を贈る。数日してしか届かないらしいけれど。

その他、娘をおもちゃ売り場で遊ばせるなどして、昼食前に帰宅。

その後は昼寝、起きた後はスーパーに買い物、など。

今日は久し振りに娘の相手を一日したので生気を吸い取られた。というよりは一緒に遊んでいるので自分の精神年齢が下がるといったほうがいいかもしれない。

娘が十時半に寝て、さて明日の天気はと思って予報をみると、今日は最高気温が二十一度だったのに明日は三十三度まで上がると出ている。台風が通過して暑さを連れてくるらしい。困った。


Sep 15 23:54, Tokyo

今日も普通に娘を保育園に連れていって柏へ。秋の涼しさなので、柏の葉の駅でホットカフェラテを買って啜りながら歩く。

あちらでは一日掛けてノートをまとめる。他にもすべき用事はあるような気はするが、まあよし。

昼食に行こうとすると建物の前で ? 先生にお会いしたのでしばし雑談やら、十日後からの群論の講義の相談やら。

帰りもエレベーターでまた ? 先生にお会いしたので、バスで駅までご一緒する。僕はららぽーとのアカチャンホンポで買い物をしてから帰宅。

娘は十時頃就寝。普段は夜は仕事はしないのだけれど、ノートがあとすこしでまとまるのでちょっとパソコンに向かっていた。ようやく出来て、日記を書いているところ。


Sep 14 22:25, Tokyo

今日は案外暑かった。

今日はようやく日常に復帰、娘を保育園に連れていき、家に一瞬戻って飲みかけのペットボトルを持って、柏まで行く。

病み上がりなので柏では歩くのは止めてバスで駅と大学の間を往復する。大学では病気の間寝ながら考えていたことを以前かいていたノートに追記、メールに返事、等。

気温も上がり三十度を超えた。昼前にはちょっと息切れしたが、昼食をしっかり摂ったら快復した。

午後は久々に $ と議論。

和菓子を買って家に戻る。娘もすっかり元気で大暴れ、九時半に就寝。


Sep 13 22:13, Tokyo

さて、一昨晩は日記を書いたあたりから、どうもお腹が重くてトイレに行きたくなる。しかし下るわけでもない。横になると収まるのだが、座るとまたお腹の調子が悪くなる。というので弱ったが、とりあえず就寝。

昨日は起きてもその症状が続くので動けず、朝ご飯も食べられなかったので、相変わらず全て奥さんに任せて寝ていた。気が付くと昼過ぎで、どうもおかしいと熱を計ってみると、また38度5分ある。土日月は手足は痛いが平熱に戻っていたのがまた出たので狼狽して、仕事中の奥さんに相談し、近くの医者に行くことにする。

そうこうしていると、娘を保育園から受け取りにお義父さんが来てくださったので、申し訳ないながらタクシーをよんでいただいたりした。

さて、親切なお医者さんで丁寧に見てくださるが、普通は手足口病は二度は上がらないので別のウイルスだろうと。対処療法しかないので熱冷ましのカロナールを貰って帰ってきた。

そういえば娘も一度さがってまた上がったから、それだったのだろうと、薬を飲むと、徐々に下がった。

一晩寝て起きると平熱。もう一日休みを取る事にして、家で休む。昨日一日熱で寝ていたあいだに手も足もすっかり治っていて、普通に歩けて普通にパソコンでメールが打てた。

食欲も出て来て、昨日のあれは何だったのだろうと思う。夕方にはあたりを一周散歩に行った。そういえば日曜昼から家から一歩も出ていなかった。

明日こそは学校に行けるのではなかろうか。


Sep 11 23:22, Tokyo

昨日は起きると喉はすっかり治っていたが、手の平と足の裏が悪化していて弱った。発疹の出たところがどうこうではなく、力がかかるとどこでも痛いのである。

歩くと体重が掛かって当然駄目だからなるべく歩かないようにする。靴下をはけばましになるかと思ったが、はくどころではなかった。外にいくときには普段は履かないぞうりを出して爪先立ちをしてそろそろと歩く。アイスコーヒーにガムシロップを入れようとして蓋を開けるのが痛かったのには呆れた。

夕方にはご実家から奥さんと娘が帰ってきたが、僕は何の役にも立たず寝転がっているだけ。

さて、さらに一晩あけると、幸い手の平は随分ましになった。足の裏は痛いのでまだなかなか歩けない。

奥さんは仕事に行く。娘はまだお腹の調子が悪いのでもう一日保育園は休ませることにする。

奥さんが出掛けてしまうと、娘は久し振りに僕と二人きりになって寂しくなったらしく、「ままだっこがよかった!ままー」と泣きながらそれでも僕にしがみついてくる。僕は足の裏の痛みで立てないので、座って抱いていると、「たってだっこ!」というが、そういうわけにもいかない。結局一時間号泣した後、娘は泣き疲れて寝た。

一時間そうやって朝寝をしたあとは機嫌よく娘は起きてくる。昼食後はお義母さんお義父さんが予定通り娘の面倒をみにきてくださったので、僕は椅子にずっとすわって窓の外を眺めて考え事。

夜になって、ようやく足の裏の痛みもひいてきて、何とか歩けるようになってきた。明日の朝には治っているだろう。


Sep 9 23:17, Tokyo

今朝はようやく皆平熱に戻る。喉は相変わらず痛い。朝食には奥さんが娘と僕にお粥を作ってくれたのだが、それを飲み込むのも顔をしかめながらだった。

僕は喉にくわえて他のところにも多数発疹が出た。大抵のものは痛くも何ともなく、顔に沢山出ているのも鏡を見るまで知らなかったのだが、手の平と足の裏に出たのには閉口する。というのは、角質の厚いところを蚊に噛まれて膨らんだときの、痛みのような痒みのような良くわからない感覚がするのだが、あれが沢山沢山あるのでたまらない。

生憎、かかとにもあるので、歩くにも爪先立ちになる。娘も手足に出ていたが、歩くのは大変そうではなかったので、まだ皮膚が角質化していないからこういう痛みはなかったのかも知れない。また、魏晋南北朝時代に文人に流行したという五石散は、飲むと皮膚が敏感になって柔らかい服しか着られなかったというが、こんな感覚かも知れないと思った。

さて、奥さんと娘はご実家に避難に行く。僕はご両親に手足口病をうつらせないように家で大人しくしている。奥さんは昼食と夕食も僕はなにもしなくてよいようにしてくれたので、僕はまったく呑気なものである。

幸い、時間が経つにつれぐんぐん快復して、喉は夕食のころには飲み込んでも多少違和感がある程度にまで収まった。手の平、足の裏もかなり快復したつもりなので風呂をいれて入ろうとしたら、いつもは何でもない温度のお湯が随分熱く感じられ、髪の毛を指で洗うのも出来なかった。

まあ兎に角、じっとしているには問題はないので、ぼんやり考え事をする一日。


Sep 8 21:10, Tokyo

木曜は娘も奥さんも調子が悪いので僕も仕事を休んで家に居ることにした。そうすると、どうも昼過ぎから僕の調子も急に悪くなり、八度の熱が出て、寝込んでしまう。夕ご飯はお義母さんに作ってもってきていただいた。その他、娘の世話やら家事やらなんでも奥さんに任せてしまって、奥さんは大変。

僕はずっとうとうとしていたが、奥さんと娘も九時半には寝て、朝まで僕はうなされていた。

起きると僕は37度だが、喉が痛く、手と足に水泡が出来る。手足口病らしい。というわけで一日安静にしている。奥さんも調子はよくない。娘は咳も減ってきた、抗生物質を飲んでいるせいか下痢だが。

お義母さんとお義父さんにきていただいて助けてもらう一日。


Sep 6 22:38, Tokyo

僕の体調は起きると随分良くなっていた。娘のご機嫌はまあまあ、奥さんの体調は横ばい。

というわけで、本郷に行って講義の準備をしていた。おおよその流れを考えた。

夕方になると、娘がまた高熱を出したのでお医者さんに行くと連絡がある。すこし早めに家に戻る。

どうも手足口病のあとに別の風邪にかかったらしい。お医者さんで血液検査をしてもらったところによると、入院するほどではないと。来てくださっていたお義母さんに夕食をつくっていただいて皆で食べた。


Sep 6 00:24, Tokyo

柏の葉の駅前にて。

今朝は娘は機嫌よく起きてきて、「パパからうどん食べる!」と言ったのだが、うどんをあげたら沢山一口に食べて、飲み込むときに喉が痛んだらしく、大泣きをして、その後はひたすら機嫌が悪くなってしまった。

しかし僕は風邪の娘を奥さんに任せて柏へ行く。

柏の葉の駅前でホットカフェラテを買って歩いて行くが、まだ少々それには早かったようで汗ばむ。あちらでは共同研究中の論文の原稿を一日掛けて書く。

帰りの道中、ふと、ここ数週間考えて先週ノートにまとめた一般論を使えば、三月の Gaiotto-Kapustin-Komargodski-Seiberg の話が SU(2) から SU(N) に拡張できるなと気が付いた。というわけで、帰って家事をしながら、心の中で練習問題としてやってみる。

娘は一進一退ではあるが徐々に快復している。今晩は案外機嫌よく就寝してくれた。奥さんは咽が痛く風邪薬を飲んでいる。僕は家に戻ってから急に鼻が出始めたのでパブロンを飲んだ。


Sep 4 23:48, Tokyo

娘は昨日はあまり食事をとっていなかったから、昨晩日記を書いた後になってお腹が減った。「パンたべる」というのでパンを小さくちぎって与えると、「おおきいのがいい」「でも大きいのだと喉に痛いよ」「でもおおきいのをたべる」と無理に加えて、「のどがいたい!」と絶叫。「じゃあ牛乳に浸そう」というと「ひたさない!」と言って、弱った。結局、なんとか、うどんを食べさせる。

今朝はまた奥さんが娘を掛かり付けのお医者さんに連れてゆく。起きたところは相変わらず機嫌が悪く、林檎を擦って与えようとすると「じぶんでする」というのを「大人がやったら速いから」とこちらでやって渡すと、「じぶんでやりたかった!」と言ってひっくり返そうとした。奥さんがすかさず止めたので事無きを得たが、この強情なのはなんだろう。

しかし、じきに調子も機嫌も良くなったので、娘は奥さんに任せて、僕は本郷にいって仕事をすることにした。

査読の返事を書いて、プレプレプリントを貰っていたのに返事を書いて、推薦状を二本、評価書を一本。

あとは月末からの講義のために資料をあつめる。図書館で河野俊丈「結晶群」を借りたがこれは面白い本だ。

帰宅。娘は昼寝もしっかりして随分快復したようで、久し振りに僕にも寄ってきていろいろと遊んでいたのだが、夕食後しばらくしてまた機嫌が悪くなり、お茶すら僕から飲んでくれなくなり、奥さんにべったり。そのため奥さんは随分疲弊。

その後はどうも娘はうまく眠れなかったらしく、一度眠ったところで僕が夜食に何か食べようと電子レンジでごはんを解凍したら起こしてしまった。そのため、また大変な寝かしつけを奥さんに強いることになり、反省する。

兎に角、もっと小さいときに僕も半分ぐらいは寝かしつけをしていればこんなことにはならなかったのだろうと思うが、困ったところだ。


Sep 3 23:19, Tokyo

秋の空。

娘の熱は少々下がったが、手足口病のため、口の中に口内炎が出来て痛いらしく、一日むずがって泣いている。体が辛い時の泣き方は痛々しい。

相変わらず僕が手を出すと余計に泣くので、奥さんに世話を任せて、僕は家事をなんとかこなす。昨日はずっと熱が高くて寝ていたからこちらはある意味楽だったが、今日は大変だ。


Sep 2 23:34, Tokyo

今朝は雨。娘は七度五分の熱。とりあえず乳母車に乗せて奥さんと三人でスーパーに行き食料品を買う。

その後は皆で二度寝。昼過ぎに起きると気持ちよく晴れて、青空に雲が流れる涼しい秋の日。しかし娘は九度の熱。慌てて土曜午後に開いている小児科を探して奥さんが連れてゆく。

戻ってきたらまた三人で昼寝。奥さんが夕食の準備をしている途中に娘が起きてきて、構ってくれと駄々をこねる。というわけで、娘をあやしている奥さんにやり方を聞きながら夕食の残りを作る。

熱が続くので夕食後は解熱剤を飲ませた。気分は多少は良くなったようでその後はすやすやと寝ているようだ。


Sep 1 23:45, Tokyo

斑入りのおしろいばな。

今日は面接の二日目。朝が早かったので保育園に娘を連れていくのも奥さんにやってもらった。

二十人面接すると疲弊する。

というわけで大人しく家に戻る。

家に戻ると既に娘はご機嫌が斜めである。いつもは楽しく入ってくれるお風呂も今日は何故か髪を洗われるのがいやだったようで、「あらわないで!」と石鹸のついた自分の髪に触れて僕の手を払いのけて、その手でなぜか自分の顔をばしばしと叩くものだから、目に泡が入って号泣することに。その後もなかなかご機嫌は快復せず、そのまま昨日と同様の就寝だった。