Feb 20 22:14, Tokyo

月曜は娘を保育園につれていって、柏へ行く。あちらでは出張後の手続き、など。時差ぼけで眠く、あまり何も出来ない。しかし、一応 $ と議論はする。

行き帰りの電車の中ではひたすら寝ていた。娘のお迎えは奥さんに頼んだ。家に戻っても、夕食後お風呂に入ってすぐ寝てしまった。

火曜も娘を保育園につれていって、柏へ行く。ようやく時差ぼけも解消してきて、多少計算などする。今日も娘のお迎えは奥さんに頼んだ。

最近は娘は十時過ぎには寝てくれるようになった、僕が出張していたあいだに、徐々に朝起きるのを一時間はやくして、寝るのを一時間遅くしたらしい。


Feb 18 22:00, Tokyo

土曜朝は食堂で合流して $ と一緒に空港へ向かう。雲行きが怪しい、トラムの駅についたところで降り出した。途中でバスに乗り換えて、問題なく空港に着く。

しかしそこからがおそるべき混雑、充分はやく来ていたのに、手荷物検査の長蛇の列を抜けると、もう搭乗時間。あわてて娘に犬のぬいぐるみを買って、飛行機に乗る。

コペンハーゲンへの着陸は適度な雲の中を抜けて行って楽しかった。軽く昼食、土産を考える。

途中、本屋でバイキングについての素敵な全頁カラーの子供向け解説書を見つけて気に入ったのだが、生憎デンマーク語なので結局買わず。そのかわりその横に飾ってあったムーミンのポスターを買って帰る。

日本行きの飛行機の搭乗口では、髪を空色に染めた白人の女性がアメリカ人男性らしき人と大声で会話をしている。どうも相手は日本に住んでいるらしいのだが、「到着するまで黙っていようと思っていたのだけれど、我慢ができなくなって。いまコペンハーゲンの空港なの。明日には日本に居るわ。」「え、どういうこと?コペンハーゲンってどこ?トルコだっけ?」「デンマークよ」「どこに泊まるの?」「ちゃんとホテルは予約してあるから。会いに来てね。」というような会話である。

機内では僕のとなりは大柄の北欧男性だったものだから、少々僕は狭く感じた。

飛行自体は滑らかで、六時間ほど睡眠。とくに映画も観ず。成田から家までなんとか戻ると昼過ぎである。

奥さんのご両親がいらしていたので、僕は何もせず夕方まで寝かせてもらった。


Feb 16 22:10, Genève

早めの朝食をとりながら考えるに、もともと用意していた内容を残り時間で話すのは到底無理である。というわけで、宿舎に戻って、別の話で残り一時間で終えるに丁度いい内容を準備しなおす。

その甲斐あってか、それともしばらく英語を毎日沢山話したお蔭か、今日は滑らかに話が進んだ気がする。

昼食はまたハンバーガーにした。

午後は % 君の講義があって、目出度く冬の学校もお開き。その後は * に「昔の論文について質問があるんだけれど」と聞かれたので、しばらく議論。内容を思い出すのに少々時間がかかった。

あとは部屋にもどってぼんやり、食堂でまた夕食。冬の学校の参加者がいろいろやってくるので、のんびり雑談。明日は日本へと向かう。


Feb 16 06:58, Genève

木曜になって徐々に疲れが溜まってきた気がする。

三コマ目の講義はのんびりやったら予定の 2/3 しか進まなかったので、おしまいの講義の構成を調整しないといけない。

昼食には食堂でムール貝の酒蒸しが出ていたのでそれを食べる。

夕方は ? といろいろと議論した。その後は食堂で夕食。ビールをすこしだけ飲んだ。

九時ごろ就寝、六時起床。


Feb 15 08:43, Genève

雪化粧した CERN.

昨日は日記を書いた後に朝食の為食堂に行くと @ に会う。彼は月曜に二コマ講義をして、昨日は居ないなと思うと、イギリスまで面接に行っていたらしい。水曜に講義を二コマしたら、すぐに今度はアメリカに面接に行くとか。もともとは、三ヶ所の大学が、この冬の学校中の同じ日に、面接をしたいと言ってきたらしく、なんとか予定を調整したのだそうだが、大変なことだ。

ともかく、昨日は講義は昼まで。午後は僕はまずは ATLAS の見学会に参加。その後は spires.app の関係で inspire-hep の開発チームの皆さんに呼んでいただいたので一時間ばかり歓談。その後は Skype で議論。

そうすると夜になって、冬の学校の世話人と講師とで食事に行く、本場のチーズフォンデュをいただいた。僕はフォンデュは初めてだったが、いろんな材料をチーズにつけるのかと思っていたら、ひたすらパンを食べるようである。

10時頃宿に戻ると、たらふく食べたのと、お酒が回ったので、すぐに寝てしまう。朝は七時半に起きる。


Feb 14 08:17, Genève

どれかがモンブランだそうだけれど。

昨日は二コマ目の講義。初日より英語の口が回った気がする。

折角冬の学校に来ているのだから、きちんと他の講義のノートを取ろうと思っていたのだが、初日はきちんとしたものの、二日目は徐々にいい加減になってしまった。その他、空き時間にいろいろ議論のメールのやりとりをする。

夜は研究所の食堂で冬の学校の夕食会、これまたなかなか美味しい。夜十時頃お開きになって、宿舎にもどってすぐ就寝、今朝は六時すぎに起きる。

さて、以前からの知人の ? と # は夫婦でアメリカで同じ大学で弦理論をやっているのであるが、今回は産まれて三ヶ月の息子をつれて三人でジュネーブまで冬の学校の講師をしに来ている。なんとまあ肝の据わっていることだ。


Feb 13 07:48, Genève

研究所から望む山並。

昨日は八時頃に起床、午前中には講義の一コマ目。英語がどうも随分下手になった気がしている。

昼食は研究所の食堂でハンバーガー、中々おいしい。しかも、大きくてお腹が一杯になった。12スイスフランだから日本円にすると1400円ぐらいか。研究所の食堂の普通のメニューでこれなので、日本の物価は安い。

他の講義はなかなか面白く、勉強になる。

夜はレセプションがあるが、時差ぼけで非常に眠かった。八時頃部屋に戻ってすぐに夢の中。

ぐっすり眠って、朝四時頃気持ちよく起きた。飛行機の中で採点したレポートの成績を登録しようとおもったら、半分強しかまだやっていないことがわかったので、残りも採点、登録まで済ませる。

その後はいろいろと議論のメールに返事を書く、等。


Feb 11 22:03, Genève

Vol de nuit.

さて、コペンハーゲンを回って頑張って CERN まで来た。

それほど揺れず、快適な空の旅。大学での講義のレポートの採点をした。また、ブレードランナーの新版を見る。悪くない。

ジュネーブの空港では知人にあって、何の問題もなく研究所に到着。しかし時間がかかったので疲れた。寝ることにする。


Feb 10 23:17, Tokyo

今朝は僕が目覚めると既に娘と奥さんは大騒ぎしながらプリンを作っている。

僕が朝食をとっているとプリンは蒸された。そこで僕は娘をつれて少し離れた児童館まで行く。そちらでしばらく遊んだ後、奥さんのご両親がいらしたので、娘を渡して僕は家に戻る。

そうして明日からの出張のためのスーツケースを詰めるなどする。

娘は二時ごろ祖父の肩に抱かれて眠って家に帰ってきたが、僕が娘を布団にうつそうとしたところで目が覚めてしまった。

皆でプリンを食べる。本物のプリンの味がする。

昼寝の時間が三十分ほどだったので、夕食のころにはすでに娘はうつらうつらとしているが、寝そうになるたびに「絵本を読んで!」等頑張って起きる。結局寝たのは十時。


Feb 10 00:00, Tokyo

今日は娘を保育園に連れて行ってから、駒場へ。博士論文審査の報告をあちらの会議でせねばならなかったから。

代々木上原の駅の近くに洒落たコーヒー屋が出来ていたので、持ち帰りでカフェラテでも買うかと思ったら、持ち帰りはやっていないようですごすごと引き下がった。途中、以前良く行っていた美味しいパン屋さんでカフェラテを買う。こうやって時間を無駄にしたため、会議に数分遅刻する。これはいけない。

他の博士論文の内容の概要を聞くのは勉強になる。

昼前には会議は終わって、事務室に書類を提出、書籍部でちょっと本をみた後、駒場図書館で仕事をする。数日ほうってあった事務的なメールに沢山返事をして、あとは講義の準備のつづき。

ようやくひと通りおわったので時計をみたらもう二時前、構内のパスタ屋で遅めの昼食、その後は駒下の古本屋に行く。ようやく買うものを決めてお店のおばあさんに渡すと、ちょうどレジの横に素敵な絵本が置いてある。「これは新品ですけどそれでもいいですか」とお店の人はいう。勿論それでも構わない、娘に買って帰る。

あとは家に早めにもどる。娘のお迎えは今日も義両親がやってくださるというので、のんびりする。

そこで、昨日のつづきの考え事。すると昨日話を聞いてもらった = からメールがあって、やはり去年および三年前に論文があるようだ。論文の著者は案の定 % やら & やらで、なかなか彼らには追いつけない。

娘は絵本を気に入ってくれたようで、良かった。昼寝が短かったようで、夜も10時には寝てくれた。


Feb 8 23:28, Tokyo

今日も娘を保育園につれていく。家を出る時は母親からどうもなかなか離れたがらず、保育園に置いてくる際にはどうも僕から離れたがらなかった。

兎も角、柏へ。講義の準備と少々事務的がある。しかし、昨晩すこし面白いことに気が付いた気がしたので、移動中および午前の間はそれを考えることにする。

昼は % のランチセミナーを聞く。その後は @ と昼食に行って最近彼のやっている話を聞く。その後はすこしだけ講義の準備をする。

お茶の時間は思いついたことについて色んな人に聞いてもらう。本当ならば三十年前に知られていてよい話だが、? さんが知らないというので、どうもおかしい。

その後は # 君と議論。今晩は娘を拾うのは奥さんのご両親にお願いしたので、学校に普段より遅くまでいたのだが、それでも帰る時間が来る。丁度建物の出口で * とあったので、駅まで議論しながら帰る。

帰り道はさらに考え事の続きをする。家でも家事をしながら考え事の続きをする。

娘はここ数日は寝る前の抱っこは僕でもよいことにしたらしい。こうやって抱えて揺すりながら寝かせるのは随分懐かしい。産まれてすぐはよく抱いて寝かせていたのだが、いつだったからか母親でないと駄目になっていたから。


Feb 7 23:35, Tokyo

娘を保育園に連れて行って、今日は本郷へ。柏に行くと学生さんやポスドクさんと楽しく議論をしてしまって講義の準備にならないのである。

というわけで、講義ノートの続きを書くが、一日かけて三コマ目の一時間分しか出来ず。判っているつもりのことでも、人に説明しようと思うとなかなか難しいものだ。講義をする機会を貰えるのはこうやって自分の理解を試す機会でもあって、とても有り難い。

まあしかし、あと一時間分だから、なんとかなるだろう。

今日はすこし早めに家に戻ってから、娘を迎えに行く。


Feb 6 23:21, Tokyo

柏の葉の夕暮れ。

娘を保育園につれていって、自分は柏へ行く。

昨晩は娘がしばしば起きたので眠く、電車のなかでぐうすか寝る。

あちらでは昨日講義の準備をしていて判らなくなったことを $ さんに聞いたりする。

午後は # のセミナー。その後はすこし ? 君と議論。

娘を拾って、家に戻る。


Feb 5 23:52, Tokyo

夕陽と黒雲。

娘を保育園に連れて行って、今日は本郷まで歩く。

一日机に向かって、講義ノートを書く。とりあえず全部で四時間のうち二時間分を書いた。

保育園で娘を拾って、家に戻る。先週月曜とちがって今日はすこぶるご機嫌は良かった。しかし夜は十一時半まで起きていた。


Feb 5 00:18, Tokyo

土曜は義父の誕生日祝いということで、奥さんの御実家に、奥さんの弟さんご夫婦もいらして、賑やかな一日。

日曜の朝になって、自分の家に戻ってくる。今日は娘は昼寝をしなかったので、夕食を食べる頃には目が閉じはじめて、六時半には寝てしまった。

その後は静かな夜が訪れるかと思いきや、九時半に目が覚めて、結局日付が変わるまで起きていた。いやはやだ。


Feb 2 23:43, Tokyo

ごんぶくろ池公園も薄く雪化粧。

昨晩遅くから雪。今朝はまだ案外降っている。屋根と土には積もるがまだアスファルトには積もらないといったところ。

娘は長靴を履いて傘を指してのお出かけで、大喜びだが、雪が顔に吹きつけて「さむい!」と言っている。保育園につくとちょうど先生方が小さなおかきを配っている。いつもは教室中を走り回っている一クラスの幼児達が全員部屋の一隅に集まっていて、壮観だった。池の鯉に餌をやっているようだ。

柏に行って、一日論文の原稿を弄る。

昼には雪は止み、夕方には晴れ間も見えはじめる。きりのいいところまで書いたので、のんびり家に向かう。柏の葉公園のまわりはそこらじゅう道路工事である。

娘を拾って帰る。ふだんは「だっこ!」というので抱えて帰らねばならぬところ、今日は長靴を履いて、傘を持って、自分から楽しく歩いてくれたので拍子抜けするぐらい楽だった。


Feb 1 23:59, Tokyo

今朝も娘を保育園に連れて行って、柏へ。

あちらでは考え事、昼は @ さんのランチセミナー。その頃には小雨が降り出す。

その後は昨日の予定通りお茶の時間まで ? さんと * と議論。何か新しい方向性が見えたかもしれないが、さて。

その後はしばらく論文の原稿を弄る。昨日と同じ時間に学校を出たが、バスが待てども待てども来ず、二十分遅れで二台まとめて来た。まあ、娘を拾うのは奥さんのご両親に頼んであったので、今日は気楽だったのだが。

ちなみに、娘は今日は全然別のひらがなを指さして「ままのま!」と言っていたので、わかっているわけではないらしい。

さて、家についた際、集合住宅の玄関まで来ると、宅急便を配達に来た人が丁度インターホンを押していたのだが、それを横目にエレベータで僕は自分の部屋まで上がった。すると、次のエレベータでその宅急便の配達の人がうちまで荷物を届けに来た。これは非常に申し訳ないことだった。これぐらい、待てる余裕があるべきだった。


Feb 1 00:17, Tokyo

今日も今日とて娘を保育園に連れて行き、柏へ行く。

あちらではここ数日滞在中の ? さんに最近及び以前やっていた話を教えてもらう。どうも、うちの数学のポスドクの * とやっていることが近い気がするので、明日もう一度彼も交えて話をしてみようか、ということになる。

その後はお茶の時間からしばらく # 君と $ と楽しく議論。$ はしばらく見ないなと思ったら台湾に行っていたらしい。

今晩は娘のお迎えを奥さんのご両親に頼んだので、すこし論文の原稿を弄って、共同研究者に送って、帰宅。

幸い夜になって空が晴れ、綺麗に月蝕が見えた。娘も不思議そうに見ていた。

娘は最近随分文字に興味が出て来た。絵本を読む際に「これは?」と聞くので、教えていたら、今日の帰り道では道路の「とまれ」の次を指さして「ま!」と言っていたらしい。